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2人は、厄災からの逃走で 体力の限界を迎えていた
足は震え、身体中に怪我を負い 砂の上に倒れ込む寸前だった
男性は必死に女性を支え 彼女の肩に額を寄せる
その瞳には
幾度も繰り返した後悔と 無念の色が滲んでいた
震えながら 女性をぎゅっと抱き締める
彼女の息遣いが 微かに男性の胸に伝わる
無力さに胸を締め付けられながらも
その抱擁は確かな温もりを伝え 痛みを少しだけ、和らげていた
絶望が胸を締め付けた、その時────
ドンッッ!!!!!
砂が舞い上がる程の音を立てて 目の前に何かが着地した
黒い布が翻り 細身の身体に纏うのは────
───『鴉』を模した面と 星明かりを微かに反射する、黒い衣装
その隣には ふわりと輝く光を纏い
黒い尾をゆらゆらと揺らす 少年が静かに佇んでいた
あまりに突然で、あまりに静謐だった
それなのに
確かに空気が変わったと 誰もが肌で感じていた
記憶の奥がざわめいた
……そうだ
数年前に 村人が語っていた、あの伝承────
『鴉』
それは、かつて “不吉”の象徴とされてきた
黒い翼は『闇』を連想させ 低く響く鳴き声は 死を告げる鐘の音のようだった
『鴉に見られると不幸になる』 『あの鳴き声は災いを呼ぶ』 『命が尽きる者の前に現れる』
そんな迷信さえ囁かれていた
村人達は、鴉を見る度に目を伏せ 子供たちには近付くなと 口酸っぱく言い聞かせていた
────それは、大きな間違いだった
鴉は『終わり』ではなく 『始まり』を告げる存在だったのだ
その羽音が響く時、どこかで命が救われ その影が差す時、絶望の淵に灯が点る 真に死を遠ざけていたのは 『鴉』の方だったのだ
『鴉は、“死”を呼ぶんじゃない 命を守りに来てくれるんだよ』 『黒い翼は、夜に差す“光”だったのさ 俺たちはずっと見誤っていたんだ』 『あの羽音が聞こえた時 初めて“助かる”って思えたんだ』 『忌み名じゃない……今は“神の使い”って 誰もがそう呼んでいるよ』 『昔は怖がってた。でも今は違う。 あの鴉が、俺たちを生かしてくれた』
────だから今、人々はこう呼ぶ
『命鴉様』────と
かつて忌み嫌われたその名は 今では救いと希望の名であり 祈りの対象となった
目の前の2人の姿は、正しく
『命鴉様と灯し狐様』の 伝承そのものだった
男性は思わず息を呑んだ
女性も目を見開き、心の奥で
ずっと信じていたものが 現れたことを確信した
青年は冷静な瞳で俺達を見て あのバケモノに立ちはだかった
少年は尾を揺らしながら 俺たちの元へそっと腰を屈める
少年の言葉は力強く 俺たちに深い安堵を与えてくれた
迫り来る巨大な闇の化け物に対し
2人の希望の象徴が ここに立ち塞がった