開いていただきありがとうございます! このストーリーは、この連載の第十一話となっております。 注意事項等、第一話の冒頭を"必ず"お読みになってから この後へ進んでください。
…なんだか、妙な感じだった。
もう「赤瀬りうら」では無くなってしまった俺に、 心配そうな、苦しそうな顔を向ける彼が、 どうしたって心苦しくて。
…ああ、もしこの人が、俺を罵倒したなら。 「嘘つき」と、「裏切られた」と、 俺を責め立てたなら。 俺はきっとそれを、薄ら笑いで聞いただろうに。
ターゲット
ターゲット
先ほどの怯えた声とは違う、 静かで温かい声が響く。 それなのに、まだ俺の方は、 情けなさに震えた声を鳴らしていた。
泣き虫、弱虫、そんなんだから。
…そんなんだから、お前は。
ターゲット
俯いていた視界に、映る。 寒いなぁなんて思っていた体を、 温もりが覆う。
彼に抱きしめられたこの体は、 一体誰のものなのだろうか。
ターゲット
耳元に響く彼の声が、痛い。 痛いほど優しくて、だからこそ辛くて。
「罪悪感」なんていう、 とっくのとうに捨てたものが。 どんどん湧き上がっていくような気がして。
…ああ、それなら今の俺は。 きっと、「ライア」ですら無いんだ。
ターゲット
…どこまでが嘘か、全然知らんけど、
ターゲット
幹部が、どうとか……、分からへんけど、
「社内に身内あり→脅すか、または聞き出せ」
「幹部に直接カマかけるか?」
…見られて、いる。 全部、全部。
それなら、どうして。 今彼は、俺の背を撫でているのだろう。
貴方を、「ターゲット」としてしか 見られなかった俺を。
ターゲット
強い、響き。 苦しんでいる、なんて。そんな。
"思い出したくない、知らない、夢が、 俺に近づいて、入ろうとしてきて、"
"忘れなきゃ、逃げなきゃ、俺は、"
…苦しかったのかな、俺。
あの時鳴らされた、震えた声は。 今の声と、一緒だ。
ターゲット
お前は特別可愛がりたくなる、って。
ターゲット
"…なんか、お前は特別可愛がりたくなるな、w"
俺を覗き込んで、にこっと笑った彼。 それと一緒に、何か湧き上がった黒い感情。
…あの日は、確か。 同業者の彼とすれ違った、そんな日だった。
"同じくーー部の、桃谷ないこです。"
真面目な、あの人格に。 少し滲んだような「本当」。
"よかった"
…隠れてなんか、いなかったくせに。
ターゲット
俺の中で、ぐるぐると巡っていた思考。 それを、ぷつりと止めてしまったのは、 予想だにしなかった彼の言葉だった。
…似て、る?
"…少し、喋り方が似ているだけですけどね。"
あの、毎日見ていた夢の中。 幼い誰かを守るように振る舞い、 結局は自らを犠牲にして、 渓谷に消えていった彼。
…似ていると思っていたのは、俺の方だ。
ターゲット
ターゲット
すっと体が離される。 今まで見えていなかった彼の表情は、 予想よりずっと優しくて。
…そして、予想よりずっと涙に濡れていた。
ターゲット
眉を下げて、力が抜けたように笑う彼に、 俺はふるふると首を揺らす。 今の俺に、彼の話を制限する権利なんてなかった。
それに、知りたいと思ったんだ。 彼が俺に似ていると言った、 彼の弟の話を。
…少しだけ、羨ましいと思ってしまった、 彼の弟の話を。
ターゲット
ターゲット
落ちた下が川でさ、深いところで。
だからギリギリ生きとって、
二ヶ月くらいしてようやく、意識戻して。
崖から、落ちた?
"危ねぇ゛っ!!!!!"
幼い誰かを守り、突き飛ばした、 夢の中の優しい青年。
"りうらは、忘れちゃっていいの?"
…毎日、夢に見ていた人。
ターゲット
住んどった場所も、親の顔も、自分の名前も、
全部全部、綺麗さっぱり。
ターゲット
頭の中の血が、ドクドクと巡っていく感覚。 ずっと、逃げ続けていた夢。 俺じゃない、俺じゃない、と、 呻くように呟いていた、あの光景。
…忘れたかった、はずの。
ターゲット
…ああ、もう俺は。 この先の話を、平然と聞ける気がしない。
俺はもう気づいている。 俺がずっと見ていた夢も、 幼い誰かが俺に語りかけていた意味も、 今目の前の彼が話している、 "その後の話"のことも。
ターゲット
俺は結果大阪の里親さんに引きっとってもらったんよ。
弟がいることだけ、妙にわかっとって、
でも結局弟の名前は出てこうへんから、どうしようもなくて。
ターゲット
顔も覚えとらんくせにずっと思ってて。
俺だって、同じようなものだった。
意識を失い、目が覚めればベットの上で。 「一人で森に倒れたんだよ」と言われて、 違う、違うと叫んでいた。
…あの、渓谷から離れて、倒れたから。 俺たちは、全くの他人として処理された。 俺自身も記憶が混濁していたし、 それは、彼だって。
後悔して、会いたくて。 …だから、毎日。
ターゲット
ターゲット
名前も顔も分からんけど、多分、…
…"俺"を庇って、守ってくれた、誰か。
小さかった視点からは あまりに大きかったのに、 きっともう、背は俺の方が高い。
ターゲット
ターゲット
思わず、彼に縋りついた。 視界は滲み、揺れ、 彼の顔すらよく見えなかったけれど、 触れた体温は、温かくて。
ねえ、りうら。 ちょっとだけ、遅いんじゃない?
そんな声が頭に響いた。 幼くはない、俺と似た声。
…きっと、"俺"の声だ。
確証とか、全然、ないけど……っ
もしかしたら、彼がした経験は、 俺の夢とは違うのかもしれない。 本当にただの他人で、 ただ、似た境遇なだけかもしれない。
…でも、なんだろうな。 妙に、この体温に安心感があるのは。
俺は、ずっと言いたかったんだ。 逃げず、隠れず、"俺"のままで。
似てる、だけじゃなくて………、
悠佑
…一番最初は、ごめんじゃなくてさ。
…分かってるよ。 一番最初に、言いたかったのはきっと。
その、震えた声が。 確かに俺の喉を通った瞬間。
悠佑
その温かい手のひらが、 俺の頭をゆっくりと撫でていた。
「ライア -その線で⬛︎して-」 第十一話