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ある日の夕方、アパートの下の部屋の住人だと言う中年男が訪ねてきて、最近、足音がうるさいと言われた。 もっとも「クレーム」という居丈高な感じではなく、玄関の前に立っていた男は、ずいぶんオドオドした様子で、
アパートの下の階の人
アパートの下の階の人
アパートの下の階の人
アパートの下の階の人
などと、もごもご愛想笑いを浮かべながら言うばかりだったので、こちらとしては
瑛太(えいた)
と謝るしかなかった。 腹は立たなかったが、とはいえ足音が響くような運動をしていたり、人を何人も招いたりした覚えはなく、文句を言われる心当たりはなかった。床や壁が薄いのだろうかと思ったが、俺自身は2階建ての上階のこの部屋に越してきてからの半年、隣人の生活音が気になったことは一度もなかった。
それから1週間ほどして、また下の部屋の男がやってきた。変わらず逸らし目がちでヘラヘラと笑いながら、
アパートの下の階の人
アパートの下の階の人
アパートの下の階の人
と消え入るような声で言ってくる。少しイラッとしたが、相手の態度が態度だけに喧嘩もできない。いっそ、怒鳴ってでも来られた方が気分が良かった。
次に下の男が訪ねてきたのは、その2週間後だった。大きな紙袋を抱かえたその姿をドアスコープ越しに認め、ひとつ舌打ちして玄関を開ける。サークルの合宿帰りで楽しい気分だったのに台無しだ。
男はまた、不格好な愛想笑いを浮かべた。
アパートの下の階の人