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ジャック・ター

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ジャック・ター

1 - ジャック・ター

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2019年09月20日

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彼女

あの…

彼女

何を飲んでいらっしゃるんですか?

馴染みのバーで若い女性に話しかけられた。

おそらく20代前半。 私に娘がいたとしたら、同じくらいの年齢だろうか。

彼女

あ、突然すみません

彼女

お酒の名前が気になって…

ああ、これですか…

ソコ・トニックです

彼女

ソコ?

正式にはサザン・カンフォート・トニックですね

でも、長いからソコ・トニック

彼女は曖昧に微笑んだ。 ちょっと説明が雑だったか…。

悔やんでいると、カウンターからマスターが助け舟を出してくれた。

マスター

お客様、こちらがサザン・カンフォートです

マスター

彼女

SOUTHERN COMFORT…

彼女

なるほど!

彼女

SO COでソコなんですね…

はい

彼女

美味しいんですか?

そう屈託なく尋ねられた。 今度は私が曖昧に微笑む番だった。

彼女

え…、美味しくないんですか?

よろしければ、飲んでみますか?

彼女

いいんですか?!

どうぞ

彼女

…美味しい!

彼女

甘くて…

彼女

何だかとてもよい香りがします

そうですね…

よい香りがして…

少し私には甘過ぎる…

そう口にしてしまって後悔した。 ジャニスの愛した酒に、私の陳腐な過去を重ね合わせてしまったような気がしたからだ。

彼女

私もソコ・トニックをお願いします

マスター

失礼ですが、お客様…

彼女

あ、ちゃんと成人してますよ

彼女

この間、二十歳になりました

マスター

いえ、実はこのお酒は度数がとても高いんです

マスター

軽めにお作りしてもよろしいですか?

彼女は判断に困ったのか、私に視線を向けた。

その方がよいと思いますよ

21度の方で…、ソコ・ライム・トニックにしたらどうでしょう?

マスター

よろしいですか?

彼女

はい、お願いします

マスター

かしこまりました

しばらくして、彼女の前にグラスが置かれた。

彼女

ありがとうございます

サービスを受けて自然に礼が言える…。 丁寧に育てられたのだろう。

彼女

乾杯

屈託なく、そう言ってしまえるところは、やはり年齢相応に子どもっぽい。

私はグラスを少しだけ掲げて応えた。

彼女

どなたかとの想い出のお酒なんですか?

しばらく黙って飲んでいた彼女が、そう尋ねてきた。

何故そう思うんですか?

彼女

「私には甘過ぎる」って言い方が何となく…

彼女

違いますか?

いや、まあ、そんなところですね

彼女

やっぱり!

彼女

…実は、私も想い出のお酒を探しているんです

二十歳になったばかりで?

彼女

あ、正確には母の想い出のお酒です

彼女

母と…

彼女

私のお父さんだった人の…

私は、ソコ・トニックを飲み干した。

ずいぶんと薄まってしまっていた。 酒とマスターに悪いことをした。

マスター

何かお作りしましょうか?

私は少し考えるふりをした。

デメララ151をロックで

マスター

マスター

ロックでよろしいんですか?

はい

マスター

…かしこまりました

彼女

なんだかまた面白い名前のお酒ですね

アフリカのデメララで作られたラムです

彼女

やっぱり強いお酒なんですか?

そうですね、度数は高いです

多分、私は明日の朝、後悔することになるだろう。 いや、もう既に後悔し始めているのかもしれない。

彼女

私は顔も覚えていないんです

彼女

私が小さい頃に離婚してしまったし…

彼女

家には写真も残っていなくて…

彼女

母は想い出話も殆どしないんですが…

そのお酒のことだけは話してくれた…

彼女

はい

彼女

お父さんだった人が好きでよく飲んでいた

彼女

とても強いお酒だったけど、一口だけ飲ませてもらうのが嬉しかった

彼女

…って

私はデメララを一口飲んだ。 喉が焼けるように熱くなった。

彼女

手がかりは、横浜で飲んだってことと…

彼女

船に関係のある名前のカクテルだったってことです

彼女

母はそれくらいしか記憶していなくて…

彼女

わかりますか?

いや、私にはちょっと…

マスターに伺ってみては?

マスターは私の顔をじっと見ていたが、何も言わなかった。 デメララをもう一口飲むふりをして、私は目をそらした。

彼女

マスターはおわかりになりますか?

マスター

そうですね…

マスター

横浜、船、度数の高いカクテル、ということでしたら…

マスター

真っ先に浮かぶのはジャック・ターですね

彼女

そうですよね!

彼女

私も色々調べて、そう思ったんです

彼女

きっとジャック・ターだって

彼女

でも…

お母さまは、違うと?

彼女

はい

彼女

似てはいるけど、違う気がするって…

マスター

同じレシピでもバーテンダーによって味は変わります

マスター

材料の銘柄や、作り方…

マスター

グラスの選び方でも口当たりや見た目が変わりますし…

彼女

私もそう思って、色々なお店を回ってみたんですが…

その時、彼女のバッグから振動音が聞こえた。 彼女はスマートフォンを取り出し、画面を確認した。

彼女

え~…

どうしました?

彼女

家族が迎えに来るそうです

彼女

もっとお話しをしたかったんですが…

お母さまが?

彼女

いえ、もうすぐお父さんになる人です

彼女

母の再婚が決まったので…

私はデメララをまた一口飲んだ。 バーの照明が薄暗いことに感謝した。

マスター

よろしかったんですか?

何がですか?

マスター

何も言わずに帰してしまって、後悔していませんか?

どうして、私が後悔していると?

マスター

お帰りになられたお客様が探しているカクテルは、ジャック・ターだって気付いていましたよね?

なぜそう思うんですか?

マスター

私がジャック・ターを挙げる前に、お客様はデメララ151をオーダーなさいました

そう…でしたっけ?

マスター

デメララ151…、つまり151プルーフのダークラム30ml、サザン・カンフォート25ml、ライムジュース25ml…

マスター

ジャック・ターのレシピです

マスター

お客様なら、ご存知ですよね

私はバーの天井を仰ぎ見た。 もちろん知っていたが、正直に話す必要もない。

でも、ジャック・ターは正解じゃなかった…

マスター

いえ、ジャック・ターで正解です

マスター

ダークラムは現行品でも151プルーフのものが手に入りますが…

サザン・カンフォートの復刻版をわざわざ取り寄せるバーは少ない?

マスター

はい

マスター

20年以上前とは使っている材料そのものが変わっているんです

マスター

似てはいるけど違うと感じて…

当然ということか…

マスター

はい

マスター

それに…

まだ何か?

マスター

あのお客様はカクテルを探していたのではなく、あなたを探していたのかもしれませんよ

そうかもしれない。 でも…

デメララは蒸留所が閉鎖されてしまった…

サザン・カンフォートも材料や製法が変わった…

マスター

確かにそうです

マスター

でも、どちらも元通りに復刻されましたよ

私はデメララを飲み干した。

いや、それでもやっぱり昔のままの味ではないよ

デメララにしろサザン・カンフォートにしろ…

オールドボトルを本当に好きな人は…

あえて復刻版を飲まないそうだ

マスター

美しい想い出はそのままにしておくほうがいい

マスター

…ということですか?

私はマスターのその問いに答えられなかった。

なぜ私はわざわざデメララ151を頼んだのか。

いつか彼女に気づいて欲しいと望んだのではないだろうか。

そこにはデメララの強さも、サザン・カンフォートの甘さも無い。

マスター

これは私からです

気が付くと私の前にジャック・ターのグラスが置かれていた。

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