ジングワシスターズ【テラー民nmmn】

2人はそう言ってくれるけれど、折角私に起こった奇跡を噛み締めるかのように

荘厳な作りをした飴色の木扉に手を掛けながら、これまでのことを思い出した。

…今からたった1年前。

私は、SNSの愚痴アカに普段の愚痴を垂れ流したり

キラキラ眩しい人たちに粘着するしか能のない、どうしようもない人間だった。

…そんな日常生活の鬱憤を吐き出し続ける、不毛な日々を延々と送っていたある日の事。

ある日突然、2人からDMが届いたんだっけ。

得体の知れない、不気味なアカウントからのDM、普通は即ブロする。

…でもそうしなかったのは、きっとSNSで不満を垂れ流す生活に、私が1番うんざりしていたからだろう。

待ち合わせ当日、居ても立っても居られずに指定された時間より早く到着してしまった。

忠犬タマ公の像を背に、そわそわしながらまだ見ぬスタッフを待っていると…

栗色ロングの艶のある長髪の女は気さくに笑う。

仮面を貼り付けたかのような何処か機械的な笑みに困惑してる私を他所に、長髪の女は自己紹介を始めた。

積極的な澪央さんに半ば引っ張られる様に着いていった。

【salon jingua 前】

そう悪態をつきながら、奥の部屋から出てきたのは…

黒髪を団子に結った猫背で愛想の悪い女だった。

澪央さんとは打って変わってぞんざいな接客に面食らいながら指示通りに腰掛ける。

そう莉央と呼ばれた女が言い、私の前で中腰になると…

いきなり私の口をこじ開けた。

反射的に口を閉じようとするが、指を挟まれているため思うようにいかない。

反省の色すらなく団子女のカウンセリングは続く。

診断が下ったと思ったら、また奥の部屋に篭ってまた忙しなく作業を始めた。

右手で力こぶをつくり、ポンポンともう片方の手で叩き、自身げに笑ってみせた。

さっきの無理矢理なカウンセリングとは違う、優しい口調は信用できる。

有り難く好意を頂いておこう。

澪央さんに背を向ける形で、椅子に座り直した。

強すぎも弱すぎもせず、絶妙な力加減にウトウトし出した頃…

どこか芝居じみた様な、畏まった態度で手を差し出す澪央さんの手を取った時から、世界は変わり出したんだ。

それから週に一度、サロンジングワに通う日々が始まった。

そこでは澪央さんの施術と莉央さんの栄養指導などが行われた。

……言い方は人それぞれとして、二人なりに私の事を気遣ってくれた日々だったなあ。

…そうだった。

あのサロンでの日々が終わって、今日はテレビの収録当日。

きっとこの扉の向こうはスタジオで、みんな私を心待ちにしているのだろう。

莉央さんが扉を開け、優しく背中を澪央さんに押されて入った先には…

薄暗い照明、むせ返るような澱んだ空気。

そして……

欲に濁った目をした男達がじっとりと私を見ていた。

私の理解が追いつかないうちに、みるみるうちに値段が釣り上がっていくのが怖くて…

私は扉をくぐって逃げ出した。

階段の下から莉央さんが現れ、足を止めざるを得なくなった。

挑発に我慢できず、団子女の髪に掴みかかろうとしたら……

後ろから現れた営業スマイル女に羽交い締めにされた。

ゴギ、と音がしたと思ったら、私の肩に激痛が走った。

ザク

隠し持っていたナイフで私を刺す営業スマイル女は……

今までとは違う、心底嬉しそうな笑顔を湛えていた。

掃除道具を抱えたスタッフ達に一礼をする。

お互い穏やかと思われる職種でありながら、人ならざる気質を持つ者。

ダークウェブでのやり取りで意気投合して、こうやってたまに裏の仕事をして

お小遣い稼ぎをしながらお互いの欲を満たす。

ずっと隠してた一面を明かすことのできる掛け替えの無い存在だ。

夕飯の支度の事を話し合いながら、血溜まりを背に会場を後にした。