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心の鍵 (短話)

第1話 - 心の鍵 (短話)

2020年04月26日

#サイコ

#ミステリー

#青春

#高校生

ぽーん

有馬警部

お、来たか。リン

血の臭いが鼻を突く。

凛人

有馬警部補

有馬警部

警部だ。昇進したのは一年も前だぞ

凛人

死体は？

有馬警部

……

有馬警部

入れ

有馬警部に促され、僕はアパートの一室に入った

凛人

あー、"まだ"綺麗ですね

ベッドの上に仰向けに横たわる女性。

彼女の胸部には深々とナイフが刺さっていた。

有馬警部

胸部を一突きだよ。

死体は綺麗だが、

部屋は散らかっていた。

凛人

争った形跡……

凛人

ではなさそうですね

有馬警部

元々散らかっていたんだろう

凛人

刃物に指紋は？

有馬警部

加害者のものだけだよ

凛人

ということは

有馬警部

この刃物は元々この部屋にあったものだな

凛人

衝動的な犯行ではない……か

有馬警部

問題なのは汚ねえ部屋じゃねえよ

凛人

というと

有馬警部

わざわざお前を呼んだんだ

有馬警部

これが普通の殺人じゃないってことはわかるだろ

凛人

…………

有馬警部

遺体の第一発見者は、大家と水道業者で、水道の点検に来た…

凛人

密室

凛人

ですよね。わかりました

有馬警部

……ったく

凛人

発見時の経過時間は？

有馬警部

死後硬直から見て、12時間以上15時間未満ってところだな

また面倒な事件を任されてしまったようだ。

有馬警部

何故、密室だと？

凛人

え？

有馬警部

だから

有馬警部

俺が言う前に、なんで分かった

凛人

あー……

そんなことか

凛人

簡単ですよ

凛人

遺体を発見したのは、水道業者と大家って言ったでしょう

凛人

水道業者が先に家を訪ねて

凛人

応答がなくて不審におもったから大家に連絡した

凛人

それで鍵を開けてもらった

凛人

つまり内部外部ともに部屋に出入りできる状態じゃなかったってことでしょ

凛人

つまり密室です

有馬警部

……なるほどな

凛人

合鍵は？

有馬警部

あるよ

凛人

使ってる人はいないか

有馬警部

……

有馬警部

一ヶ月前までは恋人がいたようで、頻繁にここに出入りしていたらしい

有馬警部

まだ確認はしてないが、恐らくその交際相手がしようしていたものだろう

凛人

アリバイはあるんですか？

有馬警部

それも確認中

凛人

まあ、それは後でいいです

有馬警部

じゃあ聞くなよ

凛人

先に部屋の中調べましょ

有馬警部

もう粗方やったよ

有馬警部

ベランダの鍵も閉まっていた

有馬警部

窓も同様。完全な密室だよ

凛人

完全な密室殺人なんてありませんよ

凛人

どこかに穴があるはずです

有馬警部

となると、外側から何らかの方法で鍵をかけた人物がいると？

凛人

どうでしょうかね

有馬警部

どうでしょうかねって……お前な

凛人

鍵を持っていたのは大家だけでしょう？

有馬警部

ああ

有馬警部

マスターキーだな、このアパートのどの部屋でも入れるが

有馬警部

昨夜は夜の9時には妻と一緒に寝たらしい

凛人

確証は？

有馬警部

ない

有馬警部

が、

有馬警部

大家は小柄の老人だ

凛人

なるほど

有馬警部

この部屋の住人とも深いつながりがあったわけじゃないらしい

凛人

殺されようとしたら抵抗したはず

凛人

ってことですか

有馬警部

そういうことだ

有馬警部

ほぼ白と見ていいだろう

凛人

残るは、

有馬警部

元恋人、だな

有馬警部

聴取に応じていただきありがとうございます。

犬井

いえ、

犬井

それより、彼は……

凛人

尾嵜凛人と言います

犬井

服装といい高校生、ですよね

有馬警部

彼は国に認められた捜査官です

有馬警部

ご存知ないですか？

有馬警部

特別未成年捜査官です

凛人

その名前長ったらしくて嫌いです

有馬警部

まあ、要するに彼も貴方の聴取に加わります

犬井

はあ……

有馬警部

それじゃ、早速

凛人

被害者の女性との関係はどのようなものでしたか？

有馬警部

おい、こらお前が始めんな

犬井

関係ですか

犬井

カナコはいわゆる元カノですよ

犬井

一月前に別れました

有馬警部

なぜ別れたんですか

犬井

さあ……

有馬警部

さあって……

犬井

俺にもよくわかりません

犬井

関係は良好だったはずなんですけど

犬井

ある日、いきなり別れようって

凛人

それで、すんなり別れたんですか？

犬井

いや……

有馬警部

未練はあったと

犬井

そりゃ

犬井

大学から三年間も付き合ってたんです

犬井

理由くらいは知りたかった

犬井

でも

犬井

今となっては聞くこともできません

犬井

いつか何年か経って、

犬井

あいつにふと出会った時に聞きたかった

犬井

俺はどうしてダメだったんだ？ってね

凛人

なるほど

有馬警部

なるほどって、お前な

凛人

鍵はお持ちですか？

犬井

持ってませんよ

凛人

そうですか

凛人

ありがとうございました

凛人

今日のところはひとまず大丈夫です

有馬警部

おい、勝手に終わらせるな

犬井

…………

有馬警部

それで？

凛人

それで？とは

有馬警部

どうだ、あの男は

凛人

そういう有馬さんは？

凛人

彼、貴方からみてどうでした

有馬警部

……臭いな

凛人

ですよね(笑)

有馬警部

まるで、用意されたセリフをなぞっているようだった

有馬警部

三年も連れ添った彼女が死んだ割には、落ち着きすぎだ

凛人

ええ

凛人

彼が犯人でしょ、あれは

有馬警部

アリバイもないしな

凛人

もう逮捕しちゃったらダメですかね

有馬警部

ダメに決まってるだろ

凛人

ですよねぇ……

有馬警部

どうする

凛人

もう一度、現場を見たいです

凛人

それと大家さんにも話を聞きたい

有馬警部

検討はついてるのか

凛人

密室のトリックですか？

有馬警部

ああ

凛人

いや？

凛人

全くわかりません

有馬警部

はあ？

凛人

だから、もう一度行くんですよ

凛人

現場にね

大家さん

ああ……

有馬警部

ご苦労様です

大家さん

どうですか、犯人の方は

有馬警部

今のところは何も

大家さん

そうですか

凛人

こんにちは

凛人

もう一度現場を見たいので、鍵を開けてもらえませんか？

大家さん

ああ、はいはい

大家さんが事務所の奥から鍵を持ってきて、三人でアパートへ向かった

アパートまでは3分ほど歩く

大家さん

それじゃあ、鍵を開けますね

大家さんは手慣れた手つきで鍵を開ける

有馬警部

さて

凛人

始めますか

もう一度、部屋の構造を把握しておく

玄関をあけると、真っ直ぐリビングまで廊下が伸びていて

入ってすぐの右手がトイレになっていた

廊下をまっすぐ歩いていくと、リビングに出て

机、椅子、テレビ、ソファーなどが置いてあった

肝心の刺殺体が見つかった部屋は、その右側の部屋だ

部屋の中には、ベッド、小さな腰掛け椅子。そして作業用と思われる大きめな作りの机と回転椅子があった

刺殺体が見つかったのは、ベッドの上

仰向けになって、胸にはナイフが突き立てられていたのだ

凛人

大家さんにいくつか質問があるのですが

大家さん

なんでしょうか

凛人

遺体を見つけた時のことを教えて欲しいです

凛人

できるだけ、細かく

大家さん

ええ、前にも別の警官さんにお話した通りですが、

大家さん

あの日の昼過ぎに水道業者の者が、事務所にやってきて

大家さん

点検予定だった山根さん(被害者女性)が出てこないとのことでした

大家さん

山根さんはここ一ヶ月ほど、在宅時間が短くて、水道業者が点検をできなくて困ってたんです

凛人

一ヶ月もですか？

大家さん

ええ、他の住人の方は皆さん一月前にに点検を終わらせているんですけど、山根さんの予定が合わずに、大分ずれ込んでたんです

有馬警部

なるほど

大家さん

予めこの日と決めていて、水道業者も訪ねたんですが、部屋から出てこられなかった

有馬警部

中にいることはわかってたんですか？

大家さん

はい、テレビの音がしていたので

凛人

テレビ……

有馬警部

どんだけ音でかいんだよ

大家さん

それで、まあ私としても点検はやってもらわないと困りますし

大家さん

念のためマスターキーを持って、業者と一緒に向かったんです

大家さん

何度もインターホンを鳴らしたり、ドアを叩いたんですが

大家さん

出てこられる様子がなかったんで

大家さん

鍵を開けて中に入ったんです

凛人

それで？

大家さん

玄関で靴を脱いで、まっすぐこの部屋まで来たら

大家さん

……

有馬警部

なるほど

凛人

ありがとうございます

凛人

嫌なことを思い出させてしまって

大家さん

いえいえ

大家さん

これも大家としての務めですから

少し部屋の中を見て、僕らはそこを後にした

玄関を出る時にふと気になったことがあった

凛人

ここの扉は空いてましたか

大家さん

トイレですか？

凛人

ええ

大家さん

……

大家さん

閉まっていたような気がしますが

大家さん

ああ、いや

大家さん

空いてたはずです

凛人

なにか？

大家さん

遺体を見た水道業者が駆け込んでいたので、おそらく

凛人

ああ……

遺体を見て吐く人はたまにいる

大家と一緒に部屋を出て、大家がしっかりと鍵をかけたのを確認して、僕らは一度警察署への帰路に着いた

凛人

有馬さん

有馬警部

なんだ

凛人

トリック

凛人

わかりましたよ

有馬警部

ほんとなのか、トリックがわかったってのは

凛人

ええ、まあ

凛人

それよりもまず疑問点がいくつかありました

有馬警部

なんだよ、もったいぶるな

凛人

まずは被害者の山根カナコさん

凛人

死体発見時の死後硬直からみて、死後12時間から15時間と言いましたよね

有馬警部

ああ

凛人

水道業者と大家が彼女の家を訪ねたのは昼過ぎ、12〜13時だと仮定します。

凛人

12時間以上前、ということは彼女が死んだのは前日の21時から24時っていうことになりますよね

有馬警部

そうだな

凛人

まあ、さすがに痛いの様子から気づいてると思いますが

凛人

争った形跡がないことから、彼女が眠っている間に刺殺されたことは間違いないと思うんです

有馬警部

そうだな

凛人

だとすれば、ひとつだけ

凛人

おかしい点が出てきますよね

有馬警部

なんだ？

凛人

テレビです

有馬警部

テレビ？

有馬警部

あ、そうか

有馬警部

被害者は眠っている間に刺殺された

有馬警部

あの部屋にはテレビはなかった

凛人

そうです

凛人

テレビがあったのは、隣のリビングだった

有馬警部

つまり、テレビを見ていたのは

凛人

被害者じゃないかもしれない

有馬警部

そうか

凛人

もっとも

凛人

ただ単に消し忘れた。なんてこともあると思いますけど

凛人

部屋の外まで聞こえるほどの大音量です。可能性は低いでしょう

有馬警部

それで？

有馬警部

犯人はどうやって密室を作ったんだ？

凛人

それは

凛人

明日、犯人の前で教えますよ

犬井

なんですか？

凛人

急にお呼び立てして申し訳ありません

有馬警部

犯人がわかりました

犬井

そうなんですか！

犬井

いや、よかった。これでカナコも報われます

凛人

ええ、

凛人

あなたです

犬井

……

犬井

は？

凛人

考えてみたんです

凛人

彼女が寝ている間に忍びこんで、

凛人

彼女のことを殺せる人間の存在をね

凛人

そしたら、やっぱり鍵を持っていた貴方にしかできないということが確信できました

犬井

はあ？

犬井

ふざけたこと言うなよ

犬井

鍵は持ってない

有馬警部

何の鍵だ

犬井

はあ？

犬井

彼女のアパートの鍵だろ？

犬井

俺は一月前に鍵は彼女に返した！

凛人

確かにそうです

凛人

でもね

凛人

僕、貴方と会話する時に

凛人

一度も『被害者の部屋の鍵』って言ってないんですよ

凛人

それなのによく分りましたね

犬井

はあ……？

犬井

そんなもん、わかるだろ

犬井

流れで

犬井

確かに、俺は合鍵を持ってはいたけど事実として彼女の部屋から合鍵が見つかったんだろ？

犬井

俺に外から鍵をかけることはできないだろ

凛人

かける必要はなかったんですよ

凛人

あの部屋を密室にしたのは

凛人

貴方じゃない

犬井

…………

凛人

大家さんですよ

有馬警部

どういうことだ

凛人

簡単です

凛人

簡単すぎて気がつかなかった

凛人

有馬さんは家の鍵を開ける時、鍵穴に鍵を挿して、どちらに回しますか？

有馬警部

あ？

有馬警部

……

有馬警部

左……いや、右か？

凛人

(笑)

凛人

そう、意外と曖昧なんですよ

凛人

疲れて帰ったりすると、鍵を回す方向を間違えてガチャガチャしちゃったりすることあるじゃないですか

有馬警部

ああ、確かにあるな

犬井

それがなんだって言うんだ

凛人

簡単です、鍵が"閉まっていた"

凛人

その事実が落とし穴だったんです

有馬警部

回りくどいな

凛人

最初に水道業者が被害者の部屋を訪れた時、

凛人

確かに鍵は閉まっていたんです

凛人

ただ、大家さんと一緒に訪れた時

凛人

部屋は既に密室ではなかったんです

有馬警部

どういう……

有馬警部

まさか

凛人

はい

凛人

その時、犯人はまだ部屋の中にいたんです

凛人

しっかりと鍵をかけて、ね

凛人

水道業者が大家を呼びにいくまで、往復で5分以上の時間があったはずです

凛人

その間に犯人は部屋を脱出したんです

凛人

犯人は部屋に入る時に合鍵を使用した

凛人

そして、部屋を出る時には置いて行ったんです

凛人

鍵を掛けずにね

有馬警部

まさか

凛人

ええ、大家さんと有馬さんと三人で部屋を訪れた時です

凛人

彼は鍵の開く方向を間違えませんでした

凛人

無意識化でやっているんでしょうが、閉める時も迷うような様子はなく

凛人

僕らと会話しながら目もくれずに開けていた

凛人

あの日もそうだったはずです

犬井

…………

有馬警部

つまり、鍵は空いていたが、大家と業者が閉まってると思い込んで、空いている鍵を開けたと思い込んだ

凛人

ご名答

凛人

これが密室

凛人

物理的なトリックではなく、心理的なトリックですね

凛人

紐を解いてみれば、呆気ない

犬井

はっ

犬井

仮にそうだとしても、俺が犯人とは限らないだろう

凛人

いえ、貴方が犯人ですよ

犬井

なんでだよ！

凛人

だって部屋が密室だったということを知っているのは、警察関係者と大家、業者だけですもん

凛人

貴方さっき言いましたよね

凛人

外から鍵をかけることはできないって

凛人

なんで部屋が密室だったと知っていたんですか？

犬井

…………

凛人

それは貴方があの密室を作った

凛人

いや、

凛人

作らせた犯人だからですよ

凛人

犬井さん

凛士

おつかれ

凛人

おつかれ

凛士

有馬から聞いた

凛士

今回も無事、特別捜査官としての務めを果たしたとね

凛人

簡単だった

凛人

別に僕がいなくても良かった

凛士

そういうな

凛士

気になったんだ

凛人

なにが？

凛士

どうして奴が部屋の中にいたと思ったんだ

凛人

ああ

凛人

テレビだよ

凛人

寝ている人間も死んでいる人間もテレビは見ないだろう？

凛人

あれを見てたのは、犯人だよ

凛人

頭がおかしい

凛人

人を殺して、呑気にテレビを見てるなんて

凛士

なるほどな

凛士

そいつは御もっともだ

凛士

また連絡する

凛人

凛士

どうかしたか？

凛人

なんでもない

凛士

そうか

凛士

今日は休めよ

これはまだ序章に過ぎない

これは僕の

いや

僕たちの物語だ

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ぽーん

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