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あかり(you)
正式に婚約してからはめっきり姿を見かけることはなくなっていたというのに、 誰から聞いたのか、 こうして再び向き合うことになるなんて全くの予想外だった
手に持っていた私の鞄に当たりながら横を通り過ぎるすみれさん
気付けばこの病室内は隅々まで彼女の匂いで充満していた
あかり(you)
かえで
あかり(you)
"記憶にない人" "知らない人" "忘れられた人"
かえでにとって今の私の立ち位置が、 ワンフレーズになって何度も頭を過ぎっていく
先に外へ出て行ったすみれさんのおかげで 束の間の2人きりの空間を嬉しく思った けれど、 他人行儀のようなこんな会話にさえ悲しくなって、 目尻に溜まった涙を誰にも気付かれないようにサッと拭った
かえで
あかり(you)
かえで
固く閉まったままなかなか動かない窓の鍵に苦戦していると、 後ろからかえでの手がスッと伸びて、 代わりに窓を開けてくれる
名前を呼ばれたことがこんなにも嬉しいと思ったのは、 もういつぶりだろうか
"恋人で、婚約者"
今まで当たり前のようにあったそんな言葉達が、 急に恋しくなる
例えお義母さんから聞いただけの事実を述べているに過ぎないのだとしても、 それでもかえでの声で紡がれたそれらに、 また涙が持ち上がってきそうになった
かえで
あかり(you)
かえで
あかり(you)
溢れ出てきた涙の理由が、一変した
静まり返ったここに、 風の抜ける音だけがさまよう
かえで
あかり(you)
かえで
刻一刻と、 別れのカウントダウンが始まる
私は今日、 かえでからこんなことを言われるために勇気をだしてここに来たんじゃないよ
きっと悪気はない、悪意もない 優しさゆえの言葉なのだと思う かえではそんな人じゃないと分かっているのに、その優しさが今は……1番痛かった
あかり(you)
かえで
あかり(you)
思い出せないのは仕方ないよ 誰もそこを咎めたりしない
だけど本当に私の幸せを考えてくれるなら "俺のことは忘れて" なんて言わないで
あかり(you)
かえで
あかり(you)
かえで
あかり(you)
かえで
あかり(you)
これが、かえでと付き合ってきた3年間の中で、私が初めて言った最初のワガママだった
あかり(you)
ポロポロと止まない涙を今度は雑に拭って、 敢えてかえでの反応を確かめずに病室をあとにする
思えばかえでとは今まで一度も喧嘩をしたことがなかった
それは彼が喧嘩になる原因やわだかまりを1つずつ丁寧に払ってくれていたから
仕事がうまく行かなかった日や落ち込んでいる時は1番に察してくれて、 どんなに遅くなっても家まで会いに来てくれたりドライブに誘ってくれたり、 夏の夜は海に、 冬の夜は入場料が300円の今や誰も人が来なくなった展望台の特等席で話を聞いてくれていたからだ
ずっと手を繋いだまま、 『よく1日頑張ったね』 『お疲れ様、もう俺がいるから安心だね』 と言って沢山の言葉を投げかけてくれた
そしてかえでは、 いつも最後に私を抱き締めながらこう言うんだ
『今日も俺の元に帰ってきてくれてありがとう』と
この言葉だけは未だに慣れることができない
胸が高鳴って、 脈打つ速度は途端に早くなる そして一瞬だけキュッと苦しくなったあと、 またかえでのことがさらに好きになっていた
だからね、かえで
もしあなたが記憶を取り戻してくれたら、 その時は私がちゃんと言うから
『よく頑張ったね』って
『私の元へ帰ってきてくれて、ありがとう』ってね