放課後の教室は、窓から差し込む夕日でほんのりと染まっていた。
私は一人、プリントの整理をしていた。
緑はもう、帰ってしまった。
緑 。
緑 。
そう言って、いつもの笑顔で手を振った。
その笑顔が、少しずつ私の知らないものに変わっていく。
緑があの子に見せる笑顔。
私には向けられない、少し照れたような柔らかい目。
そんな顔、見たことがなかった。
桃 。
誰にも聞こえないように、呟いた。
知らない間に、緑がどんどん遠くなる。
小学校の頃からずっと隣にいたのに。
受験でどんなに忙しくても、毎日のようにLINEしてたのに。
私だけが、今でも昔の緑を見てる。
ふと、教室のドアが開いて、橙が入ってきた。
驚いて立ち上がると、彼女は少しだけ首を傾げた。
橙 。
橙 。
桃 。
桃 。
ふっとすれ違う。
そのとき、彼女の持っていたスマホの画面がちらりと目に入った。
緑の名前と、「さっきはありがとう」のメッセージ
画面越しのやり取りに、胸が締め付けられる。
私と緑がLINEしていた日々は、もう過去形になりつつある。
既読がついても、返事が来るまでの間隔が長くなった。
電話もしなくなった。
気づけば、私たちの関係は"親しい友達"から"ただのクラスメイト"へと変わろうとしている。
でも、それを誰にも言えない。
だって、私たちはずっと"普通"で、"変わらない"ふりをしているから。
桃 。
本当は、笑顔だけ見ていたかった。
私に見せてくれる、いつもの、変わらない緑でいてほしかった。
でもそれは、私のわがままだ。
好きになるって、こういうことなんだろうか。
嬉しくて、苦しくて、誰にも言えなくて。
風が頬をなでた。
秋の気配が少しずつ混ざり始めている。
季節と一緒に、緑も変わっていく。
私はただ、それを見つめることしか出来なかった。