どれだけ走ったのだろうか。
雨が降って居たのに、傘を学校に置いてきて仕舞った為、もうずぶ濡れだ。
鞄の中の物は濡れて居ないだろうか。
帽子は濡らしたくなかった。 鞄を学ランの上着で覆う。
こんな状況でも、期待して居る自分が居る。
そんな事なんて、起きないのに。
考えて仕舞う、自分の事も厭になって仕舞う。
此処に、太宰が来てくれて、自分を、助けてくれるなんて___
あれから如何やって此処迄来たのか分からない。
無人駅ならぬ無人バス停として有名な此処。
小さな待合所の廃れたベンチに座り、ぎゅっと身を縮こめる中也。
中原 中也
返事は返らない。
返らない。
嗚呼、莫迦。
期待するな。
何かを望むなら、望む事が許される様な者になれ___
〝良い子〟で在れば、きっときっと、上手く___
はつ、と思考が途切れる。 何もかもが如何でも良くなった様に。 膝に顔を埋め、目を閉じた。
待合所の前を通った自転車の音で、闇色の瞳が前を見る。
何時の間にか、もう辺りは中也の髪と同じ色に染められて居た。
帰らないと。
雨は止んでいないが、仕方無い。
もうじき暗くなる。
スラックスに着いた埃を払い、雲の涙の中に身を放った。
中原 中也
ザァアッと雨粒が当たる音が響く。
現住居の扉の前で、貼られた書類と睨めっこをする中也。
上手く頭に内容が入って来ない。
家賃未納入の御知らせ 中原 様 今月の家賃が未納入の儘で御座います。誠に申し訳有りませんが速やかに、事務室へと御支払へ御出で下さい。 万が一、納入が不可能な場合、本日より三日以内に立ち退きを御願い致します。
中原 中也
ヴェルレエヌの部下では無くなった今、家賃の自動納入が途絶えたのだろう。
自身の稼ぎ分では未だ生きる分には充分保つから大丈夫、と思って居たが…
家賃も払うとなると中々厳しくなるだろう。
中原 中也
最悪の気分だった。
濡れた腕で、扉を殴る。鈍い音が空しく響いて消えた。
怒りか、後悔か、悲しみか…
何処か郷愁にも似た様な気持ちに、只々浸る。
ふと、足下に温かさを感じた気がした。
三毛猫。
毛並みが綺麗だ。
ザーザー降りの雨なのに、雫一つ付いて居ない。
中原 中也
首輪は着いて居なかった。
屈み込み、抱き抱えると嬉しそうに喉を鳴らす三毛猫。
如何やら雄の様だ。
雄の三毛猫は珍しい。三毛の中でも一割になるかならないか、と云う程だ。
中原 中也
彼は鳴きながら中也に擦り寄って来る。
暖かさに、堪えて居た何かが溢れて行きそうだ。 中也が下唇を噛む。
だが、何時迄もこうして居る訳にも行かない。
放してやろうか、と考えた。
然し、此の儘放して仕舞ったら、其の価値から誰かに捕えられて仕舞うかも知れない。
もしも飼い主が居るとしたら、其れは望ましくない結果だろう。
中原 中也
中原 中也
暫くの間、其奴を膝に乗せて頭を撫でてやる。 心地よさそうに猫が目を瞑った。
其の内に中也迄うつらうつらとして来る。
もう此の儘寝て仕舞おうか、と思った時。
中原 中也
明るい茶髪で覆われた右眼。 ぼんやりした頭で中也は記憶を探る。
中也の髪色も中々に珍しい物だが、彼の髪色はもっと珍しい。
コメント
24件
続きめっちゃ気になる(っ ॑꒳ ॑c)
最高です! さっきのは夏目漱石さんかな?
中也!!家賃は私が全て払う!あと太宰さん早く助けたげて風邪ひくぅぅ