段々とはっきりして来た頭。 中也が目を見開いた。
中原 中也
夏目 漱石
瞬間、目覚めた三毛猫が元気良く鳴き夏目の方へ駆け寄った。
夏目 漱石
中原 中也
まるで返事をする様に鳴き声を上げる猫。
中也が其方へ微笑み掛けた。
中原 中也
夏目 漱石
夏目 漱石
へぇ、と中也が感心する。心無しか、猫は誇らしそうな顔をして居る。
夏目が中也の玄関を見て、呟いた。
夏目 漱石
夏目 漱石
中原 中也
先刻の貼り紙。
中也が再び複雑な表情になる。
夏目 漱石
中原 中也
元は孤児の中也。殺しの稼ぎで生きて来た為、こうなっては如何しようもない。
夏目 漱石
夏目 漱石
夏目は猫を抱き上げ、喉を撫でる。中也が顔を上げた。
夏目 漱石
夏目 漱石
中原 中也
ちらりと脳裏を掠めた影。 夏目は続ける。
夏目 漱石
夏目 漱石
中原 中也
飄々とした白衣姿の彼。
迷惑は掛けたくない。 でも、彼は、
『困った事が有れば云って』
そう云った。
行く事で、何か変わるなら
其れが良い方にでも 悪い方にでも 彼なら
彼となら、なんとか出来るんじゃないか?
夏目が目を細めた。 中也の頭を二回、ぽんぽんと軽く叩く。
夏目 漱石
夏目 漱石
夏目 漱石
夏目 漱石
中原 中也
夏目は階段に向かって歩く。 此方を向いた三毛猫が、静かに鳴いた。
夏目は云った。 ・ 『私達は教師だ』と。
其れは、自身以外の教師も〝教師〟だ、と云って居たのではないだろうか?
彼は、総てを知って居る___ そう感じた。
段ボール箱に必要な物だけを詰め込んで行く。
大した量にはならなかった。中位の箱一つ分。
ゆっくりと眼を閉じた。
外は真暗い。 月明かりが横顔を照らす。
共に夜道を歩いたあの日よりも、ずっと細くなった月。
中也の心を表して居る様で、思わず真意の分からない笑みが漏れる。
学生鞄と段ボールだけを抱えて、アパートの階段を降りた。
事務室で、立ち退く事を伝え、書類に必要事項を書き込む。
新しい住所の部分には出鱈目を書いた。案外こう云う物ではバレないのだ。
中原 中也
軽く頭を下げる。 事務員の若い女性は、心配そうな目つきをした。
中原 中也
返事は躊躇ったものの、声ははっきりして居た。 中也は前を向き、云った。
中原 中也
雨は止んだ。
記憶だけを頼りに、道を歩む。
靴音が静かな空間を割った、深夜二時。
中也の足が止まる。
其れを見越して居た様に、玄関の照明が灯って居た。
足音が聞こえたのだろうか。 扉が開く。
其の声に、安心が体を巡る。
頼るべき相手。 頼るべき、相棒。
太宰 治
中原 中也