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いるま
暇72
背後に座っている男は何も話さないが
彼の纏う空気が全てを物語っていた
手汗が滲む
俺たちは二人揃って天井を見上げていた
いるま
事の始まりは数分前に遡る
いるま
暇72
施設内へと侵入した俺たちは
いるま
いるま
笑えない冗談を言い合いながら
あちこちを探索して回っていた
外からの明かりは頼りにならない
窓と呼べるものは無く
落雷した一瞬のみ
入口の扉の隙間から漏れ出た光が室内を照らす
照明器具は ところどころ設置されているようだが
経年劣化で酷く損傷しており
まともに機能しなかった
仕方がないので火魔法で辺りを照らすが
この空間の独特な雰囲気のせいで
その灯さえも人魂に見えてくる始末である
いるま
暇72
光魔法とは名前の通り
光を生み出すことのできる魔法である
火なんか比較にならないほど明るい
加えて
人魂に見間違えることもない
いい機会だ
この辺で少し
この世界の“魔法”というものについて
説明しておくとしよう
一般的に普及している魔法が 生活する上で便利な生活魔法であるという話は
以前にもしただろう
この魔法を扱うにあたって 重要になってくるのが
“魔法適性”と呼ばれるものである
魔法には、火・水・風 といった
“属性”と呼ばれるものが存在し
生物には生まれつき
これらの属性に沿った魔法適性が
一つ、ないし二つ
体に刻まれている
この世界では
自分の魔法適性のある系統を使用することが
ある種のセオリーと化していた
しかし
適正がないと その系統の魔法を使えないわけではない
具体例を出すと
火魔法のみ適正のある者であっても
水魔法を使用することが可能である
魔法適性とはあくまで
その人にとっての魔法の扱いやすさを示す 指標の一つなのだ
___理論上は
何故俺がここまで食い下がるのか
その理由は
俺が見てきた中で
魔法適性のある系統 以外を使用することができる者は
一人を除いて出会ったことがないからである
俺も多数派の一人だ
それだけ適正のない魔法を習得するのは
困難を極めるということだろう
さて
ここまでは世間一般に広まっている知識を
話してきたわけであるが
ここに例外が一人
そう、暇なつ、この男である
彼の適性系統は“火”
今現在
彼が松明代わりとして
火魔法で辺りを照らしているのには説明がつく
が、問題はここからだ
ここに来るまで
彼は主に火魔法とは異なる
2系統の魔法を発動している
この場所に飛んで来るために使用した転移魔法
(正確に言うと 転移魔法とは空間魔法の一種である)
先ほど俺を抱えて 階段を駆け上がる際に使用した
脚力を底上げする身体強化魔法
彼はこっそりやったつもりだろうが
バレバレだ
以上のことから
この暇なつという男は
3系統の魔法を難なく 使いこなしていることがうかがえる
先ほど話した魔法の一般常識を振り返ろう
生まれつきの魔法適性は
“一つ、ないし二つ”
もうお気付きだろうか
彼の、3系統使える、という今の状態は
適性外の系統魔法を習得したとしか 説明がつかないのである
そういえば
俺が3年前に彼と出会ったとき
俺の火傷を治癒魔法で治療してくれたっけ
こうなってくると
彼の扱える魔法系統は
4系統、あるいは5系統
全系統使用できる可能性だって出てくる
そんな期待を込めて
俺は彼に「光魔法使えないのかよ」 という発言をした
返答は「こっちのセリフだ」
残念
全系統ではなかったようだ
とは言え……
ここで言っておこう
彼は十分化け物である
さらにたちの悪いことに
彼は自分が異常であることを 認識すらしていない
図書館でいふさんのことを
化け物扱いしていたようであるが
彼もいふさんに負けず劣らず
いや
いふさん以上の化け物である
頼むから自覚してくれ
話が脱線しすぎてしまった
いい加減探索に戻ろうと思う
暇72
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いるま
彼の言う通り
この空間には何もなかった
机も、椅子も、窓すら無い
しかし俺は
何かきな臭いものを感じていた
被験者時代に毎日触れていたであろう
独特の湿った空気が肌に沁みる
ここがあの実験施設であることは
間違いないみたいだ
やがて俺達は
細い廊下に差し掛かった
少々窮屈感を覚える
数m先を照らしてみても
終わりが見えなかった
どれほど長い廊下なのだろうか
数分後
俺たちの会話の内容は
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いるま
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他愛のない世間話から
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いるま
次第に愚痴へと変化していった
カラカラカラ…
そんな音が聞こえたのは
長時間の探索で疲労も溜まり始めた
そんな頃だった
天井に鼠でもいるのか?
こんな古びた建物の中だ
鼠の一匹や二匹いてもおかしくない
俺は特に気にすることもなく
探索を進める
その直後だった
いるま
俺は体の右側に強い衝撃を感じ
気付けば真横に吹っ飛んでいた
さらにおかしなことに
吹っ飛ばされた後に来るはずの
地面や壁に激突した感覚は一切ない
脳の処理能力が追いつかず
頭が真っ白になる
今の瞬間で
俺の身には一体何が降りかかったのだろうか
カラカラカラ……
天井からの不吉な音を捉えた俺は
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これから起こるであろうことを悟り
いるまを半ば突き飛ばすように 抱きかかえて
同時に左横へと跳躍した
幸いなことに
俺の飛んだ先には 壁ではなく扉があったため
俺はそれを突き破って
その奥の一室へと倒れ込む
床に激突する瞬間
咄嗟にいるまの下に滑り込ませた己の身体が
クッションの役割を果たし
彼を床からの衝撃から守ることに成功した
まあその分
俺が倍の衝撃を受ける羽目にはなったのだが
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俺は静かに唸る
背中と後頭部に強い痛みが走り
しばらくはまともに動けそうもない
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仰向けの俺の上に うつ伏せで乗っかっているいるまの背を
唐牛(かろうじ)で動く右手で軽く叩き
彼の無事を確認する
いるま
数テンポ遅れはしたが
はっきりとした返事
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俺は安堵のため息を漏らす
いるま
暇72
いるま
俺の上で彼が動き出す
どうやら状況を把握しきれていないようだ
俺の体をよじ登ってきた彼と目が合う
超超超至近距離
お互いの顔の距離は 5cmと空いていないだろう
意識のはっきりしていない フニャフニャとした顔
その顔が過去の自分と重なった気がした
俺、昔……
こうやって助けられたことがある?
過去について覚えていることは少ないが
俺は脳の引き出しを片っ端から開けては
類似記憶を探す
ゴツン!!
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先程とはまた別の衝撃を額に受けた俺は
頭を後ろに振り
ガン!!
床で再度頭をぶつけて悶えた
暇72
涙が止まらない目を無理矢理開いてみれば
額をぼんやり赤く染めた
満足げな表情のいるまが見下ろしていた