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その日は、朝から空が眩しかった
雲ひとつない、澄んだ青
夜のあいだに降った雨が、まだ地面に残っている
土は黒く湿り、草からは青い香りが立ち上っていた
光に濡れた世界が、ゆっくりと目を覚ましていく――
そんな朝だった
パン屋の娘
パン屋の娘
元気な声とともに、小さな影が駆けてくる
手には白い布に包まれた、焼きたてのパン
まだ湯気が立っている
???
???
受け取った瞬間、じんわりと手のひらがあたたまる
外はカリッと香ばしくて、中はふわふわ
麦の香りとバターの甘みが、
目覚めたばかりの青年の、鼻腔をくすぐる
心まで届くように、ゆっくりと広がっていった
昼には、広場でみんなと一緒に食事をとった
今日は、村の誰かが川で捕まえてきた魚を使ったスープ
パン屋の娘が「塩加減、どう?」と聞いてくる
青年はにっこりと笑って答えた
???
パン屋の娘
その言葉に少女は頬を赤く染めながら、照れたように目を伏せた
午後
川のほとりで、子どもたちと水切りをして遊んだ
子供
子供
???
???
???
石が水面に沈む音
跳ねる声、笑う声
澄んだ空の下で、子どもたちの歓声がまるで風鈴みたいに響く
その輪のなかで、青年も笑っていた
胸の奥に、どこか懐かしい音が残った
夕方になると、家々の煙突から、白い煙がふわりと昇る
どこかの台所から、炒め油の匂いがして、
別の家からは、焼き魚の匂いが届く
一日の終わりが、すこしずつ村を包んでいく
???
???
子供
???
手を振り返すと、いくつもの手が返ってくる
それらを背に、青年はゆっくりと山の方へ歩き出す
夕陽に照らされた村人たちの顔は、金色に染まり――
その光景は、あたたかくて、優しくて、
やはり、なぜだか、彼の心の奥に残っていった
その光景に、言葉にできない既視感だけが、ふわりと揺れていた
陽が沈みかけた頃、青年は山道を下っていた
袋の中では、掘り立ての鉱石が、金属音を奏でている
クラフトに必要な、あれやこれやも混ざってる
村の皆が喜ぶ顔を思い浮かべ、自然と足取りも軽くなった
だが――
森を抜けた瞬間、世界が崩れた
???
村の空が、赤い
それは夕焼けではなかった
炎
火柱
黒煙
――焼ける木と肉の、甘い臭い
あの、優しさに満ちた家々が
笑い声の、あふれた広場が
今、すべて、赤の中に沈んでいた
???
膝が笑う
肺が浅く悲鳴を上げ、呼吸がちぎれる
叫びたくても、声が喉に詰まって出てこない
袋を放り投げ、村へと駆けた
袋をその場に投げ捨て、村へと全力で駆けた
骨組みだけになった家々の間を、名を叫びながら走った
――誰か
どこかに、誰か……!
崩れた壁の向こうに、ひとりの老婆がいた
???
???
おばあちゃん
おばあちゃん
背には、深々と矢が刺さっていた
止まらない赤が、土を濡らしていく
どれだけ押さえても、命がこぼれる
???
おばあちゃん
言葉はかすれ、途切れた
その先の返事は、もう戻ってこなかった
震える指で、老婆の手を包む
力なく、消えかけたあたたかさが伝わってきた