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金色の恋

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金色の恋

1 - 金色の恋

♥

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2019年09月29日

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茂雄の母

おかえり

茂雄の母

大学早く終わるって聞いてたけど遅かったわね?

春山茂雄

ちょっと近くの古本屋まで行ってたから

茂雄の母

好きねぇ(笑)

茂雄の母

なにかおやつ食べる?

春山茂雄

う~ん、いいや

春山茂雄

昼飯たらふく食って腹一杯だから(笑)

と、断ると茂雄は自室のある2階へと上がって行った。

大学2年生の春山茂雄は読書が趣味で、時々大学近くの古本屋へ寄っては、

気になった本を買って帰宅していた。

今日は茂雄が昔から愛読している有名な著者の処女作を発見し、

迷うことなく購入した。

古本屋の主人とも今では顔見知りで、お金を支払いながら他愛もない世間話をし、

いつも通り家に帰って母親が夕飯の支度を終えるまで読むつもりでいた。

午後3時半、茂雄は私服に着替え、窓のカーテンを開けた。

昼時の暑い日差しが部屋を照らす窓際のベッドに寝転がりながら本を読む。

茂雄なりの読書スタイルだ。

茂雄は本を読むとき、一文一文の登場人物の行動と気持ちを脳内に描き、

独自に「映像化」していた。

それ故、読むペースが時々遅くなることもある。

茂雄自身、それが読書の醍醐味の1つだと思っていた。

ページが半分に差し掛かったとき、突然本が光ったような気がした。

が、それは本ではなかった。

春山茂雄

金色の羽の栞だ

本に挟まったままの金属製の金色の羽の形をした栞が外の陽光に反射し、

あたかも本が輝いたように見えたのだ。

春山茂雄

こんなキレイな栞を挟んだまま売るなんて勿体無いなぁ…

古本屋に揃う本のほとんどは来店客が売った品物だが、

栞が挟んだままの状態で売る客もおり、まれに本に紛れてあることがある。

茂雄は読むのを一旦中断し、その金色の栞をまじまじと見詰めた。

結局、茂雄は栞の持ち主はどんな人なのかを考え続け、

いつの間にか父親も帰って夕飯の時間へと突入してしまった。

翌日の木曜は講義がなく、茂雄は昼過ぎまで自宅で眠っていた。

茂雄の母

茂雄の母

起きなさ~い

春山茂雄

休みだから寝させてよ…

茂雄の母

折角の休みなんだから大学の友達と何処かに遊んでこればいいじゃない?

春山茂雄

あのね…俺は今日休みだけど他のやつらは講義が入ってるのよ

春山茂雄

遊びに行きたくても行く相手がいないの

茂雄の母

男友達ばっかじゃなくてね

茂雄の母

いい加減女の友達でも見付けて遊んできなさいな

顔に被せていた枕を母にさらわれ、茂雄は渋々ベッドから起き上がった。

母が買い出しに出掛けてから、茂雄はリビングに降りてテレビを点けたが、

特に興味深い番組もなく、つまらなさそうにすぐに消してしまった。

春山茂雄

こういうときこそ…

「読書だ」と自分に囁いたとき、ふとあの疑問が脳裏をよぎった。

部屋に戻り、例の金色の羽の形をした栞を手にした。

少しの間があってから、茂雄は栞を元の本に挟み、それを持って外へ出た。

通学用に使っている自転車に乗り、購入した行き付けの古本屋へ向かう。

店内は相変わらず客足が少なく、古本が放つ独特の臭いが漂っている。

春山茂雄

この本を売った人がどんな人だったか覚えていますか?

顔見知りの店主・安原時彦に本を見せて茂雄は尋ねた。

安原は眼鏡を掛け、鑑定品を見るような目で本を弄くり回した。

安原時彦

安原時彦

ちょっとだけしか覚えてないけどそれでもいいかな?

春山茂雄

教えて下さい

安原時彦

茂雄君と同じぐらいの女の子だったよ

安原時彦

ここはそんなにお客さんの出入りもないし、まして若いお客は君の他に滅多に来ないから

安原時彦

よく覚えていてね(笑)

春山茂雄

この本を売ったんですか?

安原時彦

「ボロボロだけど売れますか?」って心配そうに尋ねてきたから

安原時彦

「心配無用だよ(笑)」って言ったら嬉しそうな顔をしていたよ

安原時彦

理由は分からないがきっと本を捨てるのに躊躇してたんだろうね

安原時彦

何処の子かは知らないが、こんなオンボロな店に来てくれて嬉しかったね

安原は嬉しそうに笑うと、本を茂雄に返した。

春山茂雄

いつ頃のことですか?

安原時彦

まだかれこれ2週間ぐらい前じゃないかな?

春山茂雄

それ以来、ここには?

安原時彦

来てないねぇ

安原時彦

まぁ、あんな可愛い子がしょっちゅうこんな店に来てくれるんなら

安原時彦

俺ももうちょっと店を頑張ってみるかな(笑)

安原の冗談に茂雄は笑ったが、頭の中ではより元の持ち主のことが気になっていた。

単なる同じ趣味の人間だけではない、特別な「なにか」を無意識に感じていたが、

茂雄にはそれがどんな気持ちなのか結局分からず、家へと戻った。

その日の夕食時、妹の聡美が茂雄に話し掛けてきた。

聡美

お兄ちゃん、本読みながらボーーーッとしてたけどなんかあったの??

春山茂雄

…ボーーーッとしてるか俺?

聡美

うん、してる

茂雄の父

ほぉ、本好きの茂雄にしては珍しいな

茂雄の父

いつも黙々と読書に集中してるのに

茂雄の母

そういえば昨日の夕飯のときも少し上の空だったわね

茂雄の母

なにか悩み事でもあるの?

聡美

お兄ちゃんに悩み事なんかあるとは思えないけどな~(笑)

春山茂雄

おい、お兄ちゃんにも悩みはあるぞ?

聡美

どんな?

春山茂雄

春山茂雄

口の達者な妹の世話が焼けるって悩みだ

聡美

む~~

聡美が頬を膨らませると、父はハッハッハッと愉快そうに笑った。

茂雄の母

お父さんからも茂雄に言ってやってよ

茂雄の父

ん?なにを?

茂雄の母

茂雄ったら今日みたいに大学の休みの日とか昼まで寝てばかりで

茂雄の母

友達と遊びに行こうともしないのよ

春山茂雄

だからそれは話しただろ?

春山茂雄

うまい具合に講義のない友達がいないから誘えるやつがいないんだよ

茂雄の父

女友達は作らないのか?

春山茂雄

なっ…父さんまで…

茂雄の父

男同士で遊ぶのも結構だが

茂雄の父

お前ももうそろそろ彼女を見付けた方がいいんじゃないのか?

茂雄の母

ほらご覧なさい、お父さんもお母さんと同じこと言ってるでしょう?

母親だけならまだしも、父親にまでそう言われてしまい茂雄は頭を掻いた。

普段の自分ならこの話題を出された途端、露骨に不機嫌になるが、

今回は何故だかそんな負の気持ちが微塵も感じられなかった。

両親が作れとうるさい女友達の存在を頭に思い浮かべた茂雄は、

自分でも気付かないうちに再び上の空になってしまった。

大好物の刺身がどんどん妹の聡美に平らげられてしまっているのも気付かず。

それから1ヶ月が過ぎた。

定期試験も終わり、茂雄は大学から出るとすぐに家路には向かわず、

安原の古本屋へと自転車を走らせた。

定期試験の予習に全力を入れたが、趣味の読書も欠かさなかった茂雄の手元には、

ほとんど読み終わった小説しかなかった。

新しい本を買う為、安原の店に向かったのだが、

真っ先に安原と誰かがレジで会話している場面に出くわした。

安原時彦

安原時彦

あっ、茂雄君!

突然、安原に呼ばれ茂雄はビクッとした。

安原時彦

美里ちゃん、彼が春山茂雄君だよ

市倉美里

初めまして

春山茂雄

あ…あぁ、初めまして

春山茂雄

あの…?

安原時彦

茂雄君、君が買った本だが

安原時彦

金属製の栞が入ってなかったかい?

安原時彦

形は…えーっと?

市倉美里

鳥の羽です

安原時彦

そう、それ!

安原時彦

聞くと本に挟んだまま売っちゃったみたいでねぇ

春山茂雄

(あの本の持ち主だ!)

安原の言った通り、彼女…市倉美里は茂雄と同年代ぐらいの女性だった。

一言で言えば可愛い顔をしている。

春山茂雄

あの栞なら確か本に…

市倉美里

あるんですか?!

春山茂雄

え!…う、うん

安原時彦

良かったね、美里ちゃん

たった一枚の栞の居所が分かったときの市倉美里の嬉しそうな表情。

茂雄の顔が自然と赤くなった。

名も知らなかった相手への感情の正体に気付きそうになった。

が、その文字が頭に出てこない。

普段の茂雄にとって「それ」が無縁な存在に過ぎないことを表していた。

結局、安原の薦めで市倉美里を伴い、自宅へと向かった。

茂雄は自宅に上げるべきかどうか悩んだが、美里は躊躇うことなく応じた。

母親は買い出しに出掛けて留守なので茂雄は思わずホッと安堵した。

以前の会話もあるので、茂雄が女性を家に上げたと知るや否や、

色々と突っ掛かってくるのは目に見えていたからだ。

冷たい麦茶を美里に出してから、茂雄は部屋から本と栞を取りに行った。

それらを手にし、リビングで待たせていた美里の前にそれを置いた。

市倉美里

良かった~

市倉美里

ありがとう

美里は栞を両手で握り締めてから、茂雄にお礼を言った。

春山茂雄

その本を買ったとき、たまたま挟まれたままの栞を見付けてね

春山茂雄

すごく綺麗なのにどうして一緒に売ったんだろうって思ってたんだ

春山茂雄

思い入れの物なの?

美里の歳は案の定、茂雄と同じだった。

故に、茂雄の口調も自然とフランクなものに変わっていた。

美里もさっきまでのよそよそしさを無くし、友達と話すように語り出した。

市倉美里

死んだ祖母の形見なの

春山茂雄

なるほどね

春山茂雄

お祖母ちゃんも読書が好きだったの?

市倉美里

とってもね(笑)

市倉美里

暇さえあれば読んでたっけ

市倉美里

私が小さい頃に聞いてた絵本も両親より祖母に読んでもらってたぐらいだから

春山茂雄

でもそんな大切な栞ならどうして一緒に挟んだまま売っちゃったの?

市倉美里

定期試験が迫ってたでしょ?

市倉美里

勉強に励む為にはまずは日頃の趣味に制限をかける必要があると思って

市倉美里

その本も含めてほとんど読まなくなった本は売っちゃったの

市倉美里

そのときにうっかり…

春山茂雄

安原さん…古本屋の店主だけど

春山茂雄

あの人は市倉さんが本を売りに来たのは2週間前

春山茂雄

今から大体1ヶ月半月前だって聞いてたけど

春山茂雄

そのとき定期試験はまだまだ先じゃない?

市倉美里

そこはほら、余裕を持たせないといけないじゃない?

市倉美里

大学の試験はほとんど持ち込みOKのケースが多いから余裕と思う人もいるけど

市倉美里

私は私なりに徹底的に覚えてなるべく資料に目を通さずに

市倉美里

記憶力で試験に挑もうって意気込んでたからさ(笑)

市倉美里

だから思い切って趣味から遠ざかろうとしたの

市倉美里

でも捨てるのは勿体無いからせめて売ろうと思ってね

春山茂雄

な、なるほど…

「それに比べて自分ときたら…」と内心で茂雄は苦笑を浮かべた。

市倉美里

市倉美里

この作者が好きなの?

美里が本を指でトントン叩きながら聞いた。

春山茂雄

まあね

春山茂雄

本自体は高校入学と同時に読み始めたかな

市倉美里

へぇ~

市倉美里

私と一緒だね

春山茂雄

美里ちゃんも?

茂雄は反射的に手で口を押さえた。

フランクになり過ぎてうっかり相手を「ちゃん」付けで呼んでしまった。

しかし、美里はおかしそうにクスクス笑っていた。

市倉美里

気にしなくて平気よ

市倉美里

同じ読書仲間だもん

市倉美里

それに祖母の形見が導いてくれた人だし

市倉美里

…て、なんかロマンチックに考えちゃうのも本の影響かな?(笑)

本屋で見せたときよりもはるかに輝いた笑顔だった。

春山茂雄

(両親の言ってたことも正しいのかもな…)

笑顔を輝かせる市倉美里を目の前に茂雄は改めて「それ」の正体に気付いた。

「恋」

2019.09.29 作

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コメント

1

ユーザー

読みやすく、読み応えもあり面白かったです。

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