雪の降り始めの中行われた僕のお父さんとお母さん、そして元貴と滉斗のお母さん達のお葬式。 ここは場違いなほどに静かで、冷たい部屋だった。けれど、その沈黙の奥では大人たちの欲と計算が蠢いていた。
元貴と滉斗はそれぞれ別の部屋で話してるらしい。 ついて行こうとしたけれど、来なくていいって言われてる仕方なくここにひとり。 早く、2人に会いたいな。
──なのに。
親戚1
親戚2
親戚1
親戚1
親戚1
親戚2
くすくすと笑う声が、畳の上を這うように響いた。 気味が悪い。 けれど、その声色には楽しげな余韻すらあった
褒められてるような言葉に聞こえるけれどそれただの中身のない欲望だった。
親戚3
親戚2
中年の男がぽつりと呟き、周囲が笑いで応じる。 まるで僕をただの商品に値踏みしているかのように。
親戚2
親戚4
襖の陰に、ただ座り込むしかなかった。
意味のすべては理解できなかったけどそれでもわかった。 この人たちは、僕を人間として見てない。 人間じゃなくてただ使い道のあるモノとして話してるんだって。
足が震えた。喉が焼けるように乾いて、声も出せない。 視界がぼやけて、吐き気が喉の奥までせり上がってくる。
親戚1
親戚4
親戚2
その優しげな声の中にほんとうの優しさなんてなかった。 空気が重くなって体が動かない。
親戚4
親戚4
親戚1
親戚3
親戚2
親戚4
背中に冷たい汗がにじんだ。 目の前の景色が歪んで何を見てるのかわからなくなる。 耳を塞ぎたいのに手が動かない
“商品” “売りどき” “触ったら折れそう” “カメラマンが気に入る"
どれも怖い。全部が怖かった。
その時──
親戚3
親戚3
そっと頬に触れてきた手。その手は氷のように冷たかった。
柔らかさなんてなくて、血の気のない無骨な指が顎をそっと持ち上げる。
親戚3
視線が僕の顔に集まる。 逃げられない。 背中がぞわぞわと痺れた。 生きたまま解剖されているような、そんな感覚。
涼架
小さく首を振ってかすれた声を絞り出した。 でもその反応に女の人は笑った。
親戚2
親戚4
親戚1
その言葉に、全身の血の気が引いた。
親戚4
親戚3
親戚1
元貴と滉斗とお母さん達と、今度の土曜日はお祭りに行こうって約束もしてた。
あの時だって、迎えに行くからその帰りにみんなでお寿司を食べようって話してた。
それなのに……、
いまは……。
お母さんとお父さんとの楽しかった思い出が溢れかえってくる。
助けて、お父さん、お母さん……。
誰が誰を引き取るかの話し合いに耐えきれず部屋を抜け出した。 途中で滉斗と合流し、涼ちゃんのいる部屋の襖の隙間から中の様子を見てみる。
でも、聞こえてきた内容は耳を疑うものばかりだった。
親戚2
親戚4
信じられなかった。 どうしてそんな言葉が聞こえてくるのか。
涼架
親戚2
聞こえてきたのは、今まで聞いたことがないほど悲痛な涼ちゃんの声だった。
涼架
その瞬間頭が真っ白になり、何かが自分の中で完全に切れた。
気づけば襖を開け放ち、涼ちゃんの頬を触ろうとしている女の手をはたき落としていた。
元貴
涼ちゃんは、静かに涙を流していた。 怒って泣いてるんじゃない。悲しみで泣いてるんでもない。 ……壊れそうなほど、追い詰められた涙だった。
涼架
涼架
涼ちゃんがそんな事を言うとは思っていなかったから一気に心臓がドクンっとなったのを感じる。 そんな事を言うまで追い詰めた奴らが許せない。
滉斗
滉斗も涼ちゃんに上着をかけながら、低い声で言った。
滉斗
親戚1
涼架
その言葉に、一瞬だけ大人たちが黙り込んだ。
親戚3
そう言われた瞬間、俺ははっきり言い返した。
元貴
そう、俺には親が購入した一軒家がある。でももう家族は居ない、だから俺が相続者だ。 それにあのおばさん達が言ってたように俺たちの親はこの辺でも有名な富裕層だ。
それを狙って引き取りたい大人も多いほど、俺らには今莫大な金額が手元にある。
元貴
大人から見れば子供のわがままかもしれない。 けど、俺は真剣だ。 涼ちゃんをあんな奴らに渡すもんか。
隣にいた滉斗も、静かに頭を下げた。
滉斗
俺たちの無茶な頼みに誰も口を開けない中、涼ちゃんが顔を上げた。
涼架
涼架
元貴
涼ちゃんの本当の思いに、俺も泣きそうになった。 涼ちゃんは、俺たちが居ない別の場所だったとしても幸せになってくれたらそれでいい。そう思っていた。 けどその勝手な思いが、涼ちゃんを一人にしてしまっていた。
俺と滉斗が来なくていいと言った時、涼ちゃんにはどう映ったんだろう。 そう思うと、胸が痛んだ。
絞り出すような嗚咽に、何人かの大人が気まずそうに目をそらす。涼ちゃんはまた俯いて涙を零している。
そのとき、一歩前に出たのはひとりの女性だった。 若くはないけど、どこか柔らかな雰囲気を持つ人物だ。
親戚5
静かなその声が、場の空気を一変させた。
親戚5
親戚5
涼架
親戚5
優しく、けれど毅然とした表情で彼女は言う。
親戚5
そうハッキリ言い切った瞬間ほかの大人からヤジが飛んできたけど、女性は俺と滉斗にウインクして涼ちゃんを指さし、そのまま大人たちとの会話に戻って行った。
そして大人たちが別室に移動した瞬間、涼ちゃんがふらふらとその場に膝をついた。
俺は驚いて駆け寄り、すぐにその体を抱きしめた。
涼架
元貴
そう言うと、滉斗もそばに来て、涼ちゃんの頭を優しく撫でた。
滉斗
その声に、涼ちゃんは震えたまま俺たちに縋るように抱きついてくる。
涼ちゃんの背中を軽く叩きながら、滉斗と視線を交わす。 その目には、俺と同じ気持ちが込められていた。
元貴
滉斗も、涼ちゃんの肩をしっかりと掴み、力強く頷く。
滉斗
涼ちゃんはその言葉を聞いて、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたけど、それでも嬉しそうに頷いた。
涼架
そう言って涼ちゃんは俺らの胸もとに顔を埋めた。
俺と滉斗は、そんな涼ちゃんをそっと包み込むように抱きしめた。
泣き虫で、優しくて、繊細な涼ちゃん。もう絶対に悲しませない。俺と滉斗で、何があっても守る
・ ・ ・
そうだあの時、そう決めたのに、
俺は、涼ちゃんを守れなかった。
滉斗
元貴
滉斗
元貴
滉斗に言われて手を見ると、無意識に強く握りしめて爪が刺さって血が出ていた。
元貴
滉斗
滉斗が俺の肩を掴んで真っ直ぐに言い聞かせた。
元貴
滉斗
滉斗がスマホでマップを開いた。
滉斗
滉斗
確かに走った事ある道なら無意識にそっちに進んでいく可能性は高い。それに駅の方なら人も多いし方向はほぼ確実にそうだろう。
元貴
もちろん俺も涼ちゃんのランニングコースぐらい知ってる。あえて聞いてみるとなぜか滉斗が冷や汗をかき始めた。
元貴
滉斗
元貴
それなら納得だ。……ちょっと待て、
元貴
滉斗
元貴
滉斗
涼ちゃんに内緒でGPSつけたのは後で問い詰める。でもそれが役に立つなんて!
滉斗
元貴
元貴
滉斗
元貴
滉斗
俺たちは思わず顔を見合わせた。
滉斗
元貴
胸の奥がざわついた。冷たい汗が背中を伝っていく。 あの場所は、人目も少ないし、正直言って治安もよくない。
元貴
最悪の想像が脳裏をよぎって呼吸が浅くなる。
俺たちはもはや何も言わずにスマホを握りしめ、部屋を飛び出した。
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〜深く書かなかったけど決めてた過去設定〜 ・3人の家族は、3人のお迎え中に不慮の事故に巻き込まれ亡くなってしまった。 ・元貴に所有権が移った家に3人で暮らす。若井と涼ちゃんが住んでた家は売って生活費の足しにした。 ・3人で暮らすのを支援してくれた女性は1年に1回、様子を見に来てくれる。
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コメント
3件
過去の設定が良すぎる 最高!
誤字あったらすみません🙇♀️