テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
rara🎼
rara🎼
rara🎼
rara🎼
rara🎼
rara🎼
落ち零れ
rara🎼
rara🎼
みこと
みこと
みこと
すち
すち
すち
rara🎼
rara🎼
rara🎼
第1章 『声の届かない祈り』
ふわり、と風が吹いた。
冷たくもなく、温かくもない。
ただ、真昼の街をかすめるように、静かに通り過ぎていく風。
その風に乗って、ひとつの羽が舞っていた。
柔らかな白の羽根。
人の目には映らない、天使の証。
羽の主は、少年の姿をしていた。
柔らかに揺れる髪は、陽の光に透けるサーモンピンクを含んだ淡い金色。
その瞳は、光を映すように澄んだ黄色をしていた。
顔立ちは幼く、どこかぽやんとした雰囲気すら感じさせる。
彼の名は、みこと。
天使として生まれ、幾度か地上に降りては、人の命を見守ってきた。
ただし――その手が届いたことは、一度もなかった。
きゅう、と遠くから車のブレーキ音が響いた。
みことが振り返ったとき、ひとりの子どもが、倒れていた。
歩道から勢いよく飛び出した小さな身体が、無機質な鉄の塊に弾かれて、やがて、静かに地面へ横たわった。
人々の声が響く。
悲鳴、怒号、携帯電話の通話音。
すべてが混ざり合い、騒然とした空気が辺りを包む。
だが、みことの立つその場所は、まるで別世界のように静かだった。
みこと
ぽつりと、みことは呟いた。
その声も、涙も、誰にも届かない。
天使である彼は、姿も気配も人の目には映らない。
彼が手を伸ばしても、その腕は決して現実に触れないのだ。
ほんの数秒前、みことはこの子どもの元へと駆け出していた。
助けようと思った、守ろうと思った。
だが――ほんの一歩、遅かった。
みことの肩に、ふっと風が触れた。
その風に乗って、もう一人の天使が降りてくる。
すち
すち
ぽへっとした声音で、隣に降り立ったのは、すちという名の天使だった。
深い緑の髪はふわりと揺れ、その右側には印象的な黒のメッシュが入っている。
瞳は、まるで果実のような深い赤。
その顔立ちにはどこか間の抜けたような無防備さがあって、天使というより昼寝帰りの猫のようだった。
彼は、みことの横にちょこんと座った。
みこと
再び、みことが呟いた。
今度は、声が少し震えていた。
みこと
その瞬間、みことの目からぽろりと涙がこぼれた。
まるで、重さも音もない雫が、空気に吸い込まれるように。
すちは何も言わなかった。
ただ、みことの隣で、そっとその頭に手を伸ばした。
優しく撫でるように、風に逆らわず、ただそこにいるように。
すち
それだけだった。
言葉はたったひとつ。
でもその言葉の奥に、何重もの祈りが込められていた。
責めない。
否定しない。
それでも、みことの涙が止まることはなかった。
この日もまた、彼はひとつ、零れ落ちていくものを見送ったのだった。
第2章 『落ちた羽に群がる声』
それは、ほんのささいな隙間から聞こえてきた。
ふたりが天界に戻ったのは、地上での出来事からそう間を空けずのことだった。
みことは言葉少なに歩き、すちはその横をいつもと変わらぬ足取りでついてくる。
淡い光が差す白い回廊。
静謐さと荘厳さの漂う天界の一角で、彼らは一度、立ち止まった。
すち
すちはそう言って、みことの前からふわふわと歩いていった。
どうやら何か用事があるらしく、軽く手を振って角を曲がっていく。
その後ろ姿を見送ってから、みことは白い欄干にそっと手を置いた。
視線の先には、雲が広がっている。
どこまでも続く白。
底のない静けさに、今にも沈んでしまいそうになる。
みこと
心の奥から、そんな声がふいに浮かんでくる。
いつもは笑って流せていた疑問が、この日は妙に重たくのしかかっていた。
そんなときだった。
もぶ(使い回し)
耳に届いたのは、澄んだ声。
けれど、その響きには優しさはなかった。
もぶ(使い回し)
もぶ(使い回し)
もぶ(使い回し)
もぶ(使い回し)
もぶ(使い回し)
もぶ(使い回し)
笑い交じりのその声は、遠慮のかけらもなく、無邪気に毒を含んでいた。
みことは、顔を上げなかった。
ただ、欄干の向こうに視線を落としたまま、唇をぎゅっと結ぶ。
耳をふさぐことはできない。
“天使”である以上、どこまでも澄んだ声は、否応なしに届いてしまう。
何も言い返せなかった。
腹が立たなかったわけじゃない。
でもそれ以上に、自分自身が、どこかでその言葉を肯定してしまっている気がして――怖かった。
みこと
ぽつりと零れた言葉に、どこか自嘲の色が混じる。
本当に、向いていないのかもしれない。
救えないなら、天使なんて、名乗るべきじゃないのかもしれない。
すち
不意に、空気が変わった。
ふわりと、やわらかい声。
けれど、そこにはいつもの抜けたような軽さがなかった。
角を曲がって戻ってきたのは、すちだった。
その表情はいつもと変わらず、のんびりとした笑みすら浮かべている。
だが──その瞳の奥に宿った色は、確かに赤かった。
すち
すち
笑顔のまま、すちが一歩、声の主たちに近づいた。
空気がぴたりと凍る。
冗談のような声に隠れていたのは、明確な“怒り”だった。
もぶ(使い回し)
すち
声は穏やかだった。
それでも、刃のように冷たく鋭いものがそこに宿っていた。
すち
すち
無言が返る。
すちはにっこりと笑ったまま、最後にひとこと──
すち
その声に、誰も返すことはなかった。
すちは踵を返し、みことの元へと戻る。
欄干にもたれたまま、顔を上げようとしないみことの隣に、何も言わず腰を下ろした。
そのまま、視線だけを同じ場所へ向けて。
しばらくして、みことがぽつりと呟いた。
みこと
すち
すち
みこと
すち
すち
すち
すちはにこにこと笑っていた。
だけどその手だけが、そっとみことの手の上に重なっていた。
軽く、けれど離れないように、そっと包み込むように。
みこと
声にはならなかった。
けれどその手の温度が、冷え切っていた心の隅に、じんわりと染みていくのを、みことは確かに感じていた。
第3章 『それでも、天使でいたいから』
空は、どこまでも青かった。
何も無い。
音もない。
天界の空は、ただただ静かで、透き通るように晴れていた。
それなのに── みことの心は、まるで霧に包まれたままだった。
みこと
その言葉は、ぽつりと地面に零れ落ちる水滴のように、小さな音だった。
場所は、天界の片隅にある、人気の少ない雲の庭。
ふわふわとした淡い雲の花が揺れ、風が通ると、ささやくように擦れ合う。
すちが見つけてきた、ふたりだけの隠れ場所だった。
みこと
みこと
みことは俯いたまま、指先で雲の端をなぞっていた。
どこまでも柔らかく、形を変えるその雲は、まるで自分自身のようだった。
不確かで、頼りなくて、すぐに掴めなくなる。
みこと
みこと
みこと
みこと
みこと
みことの肩が、小さく震える。
それを黙って見ていたすちが、隣で小さくうなずいた。
すち
いつものように、のんびりとした声だった。
けれど、そこにある優しさは、いつも以上に濃く、温かかった。
すち
みこと
すち
すち
その言葉に、みことは顔を上げた。
風がそよぎ、すちの濃い緑の髪がふわりと揺れる。
黒のメッシュが、青い空を切り取るように揺れていた。
すち
すち
すち
すち
すち
みこと
すち
と、すちはくすっと笑った。
すち
すち
それは、冗談みたいな、優しい本気だった。
みことは一瞬、言葉をなくして――
気づけば、また目元に涙が浮かんでいた。
でも、それはさっきまでの涙と違っていた。
苦しさの中に、ほんの少しだけ、救いの味があった。
みこと
すち
みこと
すち
すちは、にっこりと笑ったまま、またぽんぽんとみことの頭を撫でた。
それはまるで、壊れ物に触れるみたいに優しい手つきだった。
どれだけ否定されても。
どれだけ自分が無力だと感じても。
それでも、自分は“天使でいたい”と思った。
“助けたかった”と思えるこの心を、誰かに笑われたとしても。
そして何より──
みこと
そう呟いたみことの声は、小さくても、確かに前を向いていた。
第4章 『零れ落ちた先で』
その日、地上は、雨だった。
ざあざあと音を立てる雨が街を洗い、傘の花があちこちで咲いている。
雲の厚い空の下、見上げる人間は少ない。
そんな空に、ふたりの天使が立っていた。
みことと、すち。
みことの髪は雨に濡れて、サーモンピンクの色が少しだけ濃く見えた。
瞳の黄色は灰色の空に溶け込みそうで、それでもなお、前を向いている。
みこと
みこと
そう言って、みことは少し息を吐いた。
すちは傍らで、ふんふんと頷いている。
すち
すち
すち
みこと
すち
すち
その言葉に、みことは小さく笑った。
それはほんの少し前なら浮かべられなかった、微かな微笑み。
足元に雲が敷かれるように広がると、ふたりはそっと降りていく。
雨の音は、近づくにつれて大きくなった。
車のタイヤが水たまりを跳ね、信号の音が鳴る。
冷たい雨の中、人々はそれぞれの時間を生きている。
けれど、その中に、確かに“助けを求める声”があった。
狭い路地裏。
濡れた段ボールの影に、小さな子どもが蹲っている。
震えていた。
声にならない声で、何かを訴えようとしていた。
人間の目には映らない、天使たちの姿。
それでも、祈りだけは届く。
ほんの小さな願いであっても、どこかに必ず、響いている。
みこと
そう言って、みことはそっと、子どものそばに膝をついた。
当然、言葉は届かない。
気配すら感じられない。
けれど、彼はゆっくりと両手を差し出し、何かに包むように、その小さな身体を抱きしめるように、祈った。
みこと
みこと
言葉は空気に溶け、ただ静かに祈りとして降りていく。
すちは少し離れた場所で、それを見守っていた。
赤い瞳が、雨粒の反射を拾い、静かに瞬く。
そのとき、ほんの一瞬──
子供が、顔を上げた。
目の焦点はどこにも合っていなかった。
けれど、その視線は確かに“上”を見ていた。
雨は止んでいない。
空も灰色のまま。
それでも、ほんのわずか、雲が切れて、淡い光が差し込んだ。
みこと
戻ってきたみことが、ぽつりと呟いた。
すち
すち
すちがそう返し、ふたりは並んで歩き出す。
空へと戻る雲の階段を、一歩ずつ、静かに登っていく。
空の上。
もとの場所へ戻る途中、みことがふと振り返った。
灰色の街の、その小さな路地を。
みこと
すち
みこと
みこと
すち
すち
すちは笑って、ぽんとみことの背を軽く叩いた。
すち
みこと
すち
すち
その言葉に、みことの瞳がふわりと揺れた。
ほんの一瞬だけ、涙が浮かんで、それでも彼は泣かなかった。
今はただ、その胸に灯った小さな灯火を守るように、歩いていく。
それが、彼の祈りであり、彼自身の証だった。
天使は時に、零れ落ちる。
でも──
落ちた先にも、誰かがいてくれるなら。
その手が、自分を抱きとめてくれるなら。
その瞬間こそが、きっと、“救い”なのだと、みことは、ようやく知ることができた。
rara🎼
rara🎼
rara🎼
rara🎼