2008年 8月
蒼司
俺は彼女との思い出のスターバックスに来ていた
蒼司
なんて言っても、この店に来るのは数十年ぶりだ
蒼司
当たり前か…
感慨に耽っていると、つい昔のことを思い出してしまう
あれから永遠に思える長い時を生きてきた
手塚治虫、美空ひばり、石原裕次郎
名前しか知らない、 ほとんど歴史上の人物をテレビで見ながら
昭和から平成の世界を生きてきた
それは、彼女との約束だけを支えに生きるには長すぎる時間だった
蒼司
そう呟いて、当時当たり前に使っていた「ら抜き言葉」をいつの間にか使わなくなっている自分に気づいて思わず笑う
あの後、終戦を迎えた俺には辛く厳しい日々が待っていた
生きていくのがやっとの毎日
蒼司
蒼司
蒼司
蒼司
未来の天気はわからない
でも、未来の月齢ならわかる
戦後の混乱が落ち着いた頃、ふと思いついて月齢を調べ
最後にメールしたあの日の月が、満月ではなく半月だったことを知った
蒼司
あの日、あいつはどんな気持ちであの曇った夜空を見上げていたんだろう
どんな気持ちで俺に嘘のメールを送っていたんだろう
蒼司
蒼司
スタバを出てしばらく歩くと、いつもの公園に着いた
空には綺麗な丸い月が浮かんでいる
蒼司
蒼司
それでも毎日のようにこの公園に通い
登校中の彼女を見てしまう
気持ち悪がられるとわかっていても
見つめてしまうのだった
蒼司
蒼司
蒼司と連絡が途絶えて数週間が経ったある日
その記憶は不意に稲妻のように私の頭に落ちてきた
結月
あのiPhoneは
ずっと気になってた
最後に蒼司に会った日、見せてもらったiPhone3G
結月
あのストーカーのような老人がいつも大事に持っていた
絶対にiPhoneなんて存在してない、私の子供の頃から
持っていたんだ ずっと ずっと
終戦間際の あの日から
結月
出かけてくる!
母親
結月
すぐ戻るから
結月
はぁっ
気がつけば私は全力であの公園に向かって走っていた
走りながらあの老人の顔を思い出す
外見は変わっていても、目は間違いなく愛しい彼のものだった
蒼司
公園のベンチにボロボロのiPhoneを大事に握った彼がいた
結月
約束を守ってくれたんだ
遥か遠い過去から 何十年もの時を旅して
私に会いに来てくれた…!
結月
結月
ほら、早く上見て
蒼司
2人で夜空を見上げた
一緒に見上げた空には……
蒼司
蒼司
蒼司
少し恥ずかしそうに蒼司は言った
あの頃と変わらない笑顔で
完