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第1話 - あ

2023年03月10日

#恋愛

結城真矢

タケシ

お前は弱すぎなんだよ！

タケシ

俺の娘と結婚したいというからどんなやつかと思ったが…

タケシ

あんな貧弱な男だとは、ガッカリだわ！

サトシ

ご期待に沿えずすみません、お父さん。

タケシ

俺はたしかにガタイがいいし、昔キックボクシングもやってた武道派だ。

タケシ

だが、俺はもう60だぞ？

タケシ

俺よりはるかに若いお前が、あんなパンチ避けられなくてどうする！

サトシ

はぁ…

サトシ

なにぶん、初対面の人にいきなり殴りかかられるのは初めてでして…

サトシ

婚約者の家に初めて伺うという事で、緊張もしていましたし。

タケシ

言い訳するんじゃない！馬鹿者が！

タケシ

どんなアクシデントにも備えておくのが一流だろう！

タケシ

強盗が今から襲いに行きますと予約してくるか？え？

サトシ

たしかに、その通りです。

サトシ

ご期待に沿えず申し訳ございませんでした。

タケシ

ほんとに、お前にはガッカリだ！

タケシ

こんな貧弱な男が、カスミと結婚したいだって？

タケシ

ふざけるのも大概にしろ！

サトシ

いえ、決してふざけてはいません。

サトシ

カスミさんと結婚し、必ず一生守り抜きます。

サトシ

どうか僕たちの結婚を許していただけないでしょうか。

タケシ

最初に言ったが、お前たちの結婚は断じて認めん！

タケシ

いいか、俺の娘は美しくて性格もいいし、さらに実家も金持ちだ。

タケシ

そんな娘と結婚したいと、色んな男が娘を狙っておる！

サトシ

カスミさんは、とても人気があるのですね。

タケシ

その通りだ！

タケシ

その気になれば、娘は大企業の社長とだって、皇族とだって結婚できる！

タケシ

それなのに、お前のような三流の男になど渡すと思うか？

サトシ

しかし、カスミさんは、僕と結婚したいと言ってくれています…

タケシ

娘の意志など関係無い。

タケシ

子どもの結婚は、親が決めるものだ。

タケシ

一時の恋愛感情のせいで、娘の人生が台無しになっては困るからな。

サトシ

僕はカスミさんの人生を台無しになんてしません。

タケシ

たわけた事を言うな！

タケシ

無糖忠商事という会社は、大企業だからお前でも知ってるよな。

タケシ

俺はその会社の営業部の部長なんだぞ！

サトシ

それはすごいですね…

タケシ

娘と結婚したいなら、せめて俺くらいの肩書きと年収が無くてはダメだ！

タケシ

お前は俺と同等か！？どうなんだ！？

サトシ

いえいえ、僕なんてまだまだです。

サトシ

お父さんには、遠く及びません。

タケシ

そりゃそうだな。

タケシ

人の器量ってのはな、見た目でも分かるもんなんだよ。

タケシ

お前は絶対出世しないタイプだ！

サトシ

あはは…なかなか辛口ですね…

タケシ

何をヘラヘラしてやがる！

タケシ

お前、もう一回殴られたいか！？

サトシ

いえ…申し訳ありません。

タケシ

本当にお前はダメな奴だな。

タケシ

会社員だと言ったが、きっと吹けば飛ぶような零細企業なんだろう。

タケシ

年収だって、300万円くらいじゃないのか？

サトシ

いえ、それよりはもう少し上ですが…。

タケシ

嘘をつくな！

タケシ

お前の身体からは、貧乏人の臭いがプンプンするんだよ！

サトシ

そんな…

タケシ

カスミに近づいたのも、俺の家の財産が目的なんだろう？

タケシ

娘と結婚し、この豪邸を乗っ取るつもりだったな？

サトシ

いえいえ、そんなこと、考えてません！

サトシ

僕は、ただ純粋にカスミさんを愛してるんです。

サトシ

どうか、結婚を認めてください。

タケシ

ふん、こんなに物分かりが悪い男は初めてだ。

タケシ

分かった、そこまで言うなら、来週もう一度家に来るがいい。

タケシ

そして改めて俺に誠意を見せるんだ。

サトシ

はい、分かりました。

タケシ

分かりましたじゃねぇだろ、バカ野郎！

サトシ

え？

タケシ

いいか、俺が忙しい合間を縫ってお前のために時間を作ってやったんだぞ！

タケシ

「お目通りする時間を与えてくださりありがとうございますだろ！？」

サトシ

は、はい、すみません。

サトシ

お目通りする時間をいただき、ありがとうございます。

タケシ

あと、俺がせっかく会ってやるんだから、俺好みの土産を持って来いよ。

タケシ

高級なゴルフクラブを持って来い、分かったな？

サトシ

分かりました…

1時間後…

カスミ

もう、信じられない！

サトシ

どうしたんだ？

カスミ

父ったら、さっき電話で飲み友達相手にさんざんサトシの悪口を喋ってた！

サトシ

そうなのか？

カスミ

「あいつは暇つぶしのオモチャだとか…」

カスミ

「娘との結婚をちらつかせて、高価な土産をたくさん買わせてやるとか…」

カスミ

私の大事な恋人なのに、バカにしてるわ！

サトシ

実際、さっきLINEでボロクソに言われちゃったよ。

カスミ

そうなのね…今日は父が嫌な思いさせて、本当にごめんなさい。

カスミ

父に殴られた傷は大丈夫？

サトシ

あんなの、全然平気だよ。

サトシ

カスミちゃんは何も悪くない。

カスミ

ほんとに、父のあの性格には私も母も参ってて…

カスミ

父は弱い立場の人間をいたぶるのが大好きなの。

カスミ

会社でも、部下を毎日怒鳴りつけているらしいわ。

サトシ

まぁ、あのお父さんならやりそうだけど…。

サトシ

そういえば、お父さんに来週も家に来るように言われたよ。

カスミ

来週も？

カスミ

私達の結婚を許すつもりもないくせに、何のつもり！？

サトシ

まぁまぁ、落ち着いて。

サトシ

何度か顔を合わせるうちに、お父さんの態度も軟化するかもしれない。

サトシ

チャンスだと思って、また君の家に伺うよ。

1週間後…

タケシ

おい！お前、いまどこにいるんだ！？

タケシ

せっかく家に招いてやったのに、挨拶もせずに飛び出していきやがって！

タケシ

礼儀というものが全然なってないな！

サトシ

お言葉を返すようですが、礼儀を知らないのはそちらも同じでしょう。

タケシ

何だと！？

サトシ

いくら気に入らない相手だからって、泥水をかけるのはあんまりでしょう。

タケシ

俺の家だ、俺がどう振舞おうと俺の勝手だ！

タケシ

俺の目の前で娘といちゃつきやがって、泥をかけられるのは当たり前だろ！

サトシ

いちゃつくなんて…ちょっと喋っていただけでしょう。

タケシ

集中力が足りないんだお前は！

タケシ

家の主である俺の機嫌を取るのに集中しろってんだ！

サトシ

もう少しその自己中心的な考えを改めたほうがいいです。

サトシ

カスミさんも、お父さんの行いを見て泣いていたじゃないですか。

タケシ

ふん、子どもは親の所有物だ、泣こうが喚こうが問題じゃない。

タケシ

それよりお前、土産に持ってきたゴルフクラブはどうした？

サトシ

いま僕の手元にありますけど…

タケシ

なんでお前が持ってんだよバカ野郎！

タケシ

早く戻ってきてゴルフクラブだけよこしやがれ！

サトシ

申し訳ないですが、それはできません。

タケシ

なんだと！？

サトシ

さんざんバカにされ泥水までかけられて、お土産なんて渡したくないんです。

タケシ

バカかお前！？

タケシ

お前、俺の娘と結婚したいんだろ！？

タケシ

俺を怒らせるようなマネして、結婚を許してもらえると思ってんのか！？

サトシ

どんなに僕が高価な贈り物をしたって、結婚を許すつもりなんてないんでしょう。

タケシ

あーあー、これだから最近の若者はクズばっかりなんだ！

タケシ

チャレンジ精神が無く、ハードルが高いとすぐ諦める！

タケシ

そんな意志の弱い奴に、娘をやるわけにはいかん！

サトシ

そうやってすぐに難癖をつけるのはやめてください。

サトシ

カスミさんもお母さんも、お父さんのその高圧的な態度に参っていると聞きましたよ。

タケシ

やかましい！

タケシ

俺には俺のやり方があるんだ！

タケシ

今後もこの生き方を改めるつもりはない！

サトシ

そんな自己中心な生き方だと、いつか痛い目にあいますよ。

タケシ

30代のぺーぺーが俺に説教か？

タケシ

俺より稼いでから言いやがれ！

タケシ

いいか、二度と娘には近づくなよ！

1週間後…

タケシ

おい！お前裏でコソコソ何をしている！？

サトシ

何の話ですか？

タケシ

俺が会社から謹慎を食らったんだよ！

タケシ

誰かが俺の社内での行いにケチつけやがったんだ！

サトシ

それは大変ですね。

タケシ

裏で糸を引いたのはお前なんだろ！

タケシ

娘からそう聞いたぞ！！

サトシ

カスミさんから？

タケシ

「サトシさんが何者かも知らずに酷い事するからこんな目に合うのよ。ってな！」

タケシ

あと、お前は俺の会社の関係者だって言ってたぞ！

タケシ

お前、俺と同じ無糖忠商事の社員だったのか？

サトシ

まぁ、そういうことになりますね。

タケシ

やっぱりな、俺に隠し事しやがって！

タケシ

さしずめ、人事部の下っ端社員なんだろう。

タケシ

俺への逆恨みで、上司に嘘の報告をし俺の評価を下げハメようとしたな？

サトシ

嘘の報告なんてしませんよ。

タケシ

騙されんぞ！このペテン師め！

タケシ

お前は最初から怪しい奴だと思っていた！

サトシ

落ち着いてください…

タケシ

いいか、俺は部長だぞ。

タケシ

人事部にも親しい奴が何人もいるんだ。

タケシ

そいつらに俺が事情を話せば、お前の嘘なんてすぐにバレるんだよ！

サトシ

はぁ…

タケシ

お前が結婚の許しをもらえなかった腹いせにやった嫌がらせはすぐに露見する。

タケシ

俺を陥れるつもりが、お前が窮地に立たされることになるぞ！

タケシ

お前は何の肩書も無い下っ端社員だし、もしかしてクビになるかもなぁ！

タケシ

ざまぁみろだ！

サトシ

残念ですが、私の肩書から見れば、お父さんの方が下っ端なんですよ。

タケシ

へ？

タケシ

お前よりも俺の方が下っ端だって？

タケシ

ありえないだろ、何を根拠に言ってんだぁ？

サトシ

僕は無糖忠商事のＣＥＯですから。

タケシ

ＣＥＯ！？

タケシ

ＣＥＯってなんだ？変な横文字使いやがって！

サトシ

まぁ、会社の最高経営責任者という位置づけなので、社長みたいなもんです。

タケシ

し、社長？

タケシ

お、お前が、会社の最高経営責任者…？

サトシ

ヘッドハンティングで、最近就任したばかりなんですけどね。

タケシ

俺はそんな嘘信じないぞ！

タケシ

お前みたいな若者が、いきなりCEOに抜擢されるもんか！

サトシ

僕は5つほど会社を立ち上げて、そこそこ成功していたので。

サトシ

その実績を買われて、スカウトされたんです。

タケシ

なに…

タケシ

ほんとにほんとなのか…？

サトシ

信じられないなら、会社の役員名簿でもご確認ください。

サトシ

僕の名前が記載されていると思いますので。

タケシ

そんな大事なこと、どうして今まで黙っていたんだ！

サトシ

カスミさんから、「父はすごくプライドが高いから、黙っていた方がいい」

サトシ

そう言われていたからです。

タケシ

なんだと

タケシ

男が女の言うことなんて何でもハイハイ聞くんじゃねーよ！

サトシ

お父さん、言葉遣いには気をつけましょうか。

サトシ

あなたは社内でもパワハラ・セクハラが激しい問題社員なんですから。

サトシ

これ以上評価を下げないよう僕の前では大人しくした方がいいですよ。

タケシ

うぐぐ

タケシ

あの、俺はこれからどうなるんですか？

サトシ

とりあえず、他の社員からの聞き取り調査中です。

サトシ

お父さん、けっこう恨みを買っているようですね。

サトシ

みんな、ここぞとばかりにお父さんの悪口を言いまくってますよ。(笑)

タケシ

くそッ…

タケシ

俺が会社に復帰したら、タダじゃおかねぇ…

サトシ

復帰かぁ…現段階ではちょっと厳しいんですよね。

タケシ

へ？

タケシ

ど、どういうことですか？

サトシ

お父さん、会社の金を横領しましたね？

サトシ

出金の書類を偽造してるの、バレバレですから。

タケシ

そ、それは…

タケシ

ほんの、出来心で…

サトシ

横領までしていたとなると、最悪クビもありえますので。

タケシ

クビ！？

タケシ

そんな、ありえん！

タケシ

俺は部長だぞ！？偉いんだぞ！？

サトシ

それを言うなら、僕なんてＣＥＯですよ(笑)

サトシ

会社での立場上は僕の方が上になりますので、僕の決定には従ってもらいます。

タケシ

そ、そんな…

タケシ

クビだけは勘弁してくださいよぉ！！

タケシ

そんなことになったら、部下たちに笑われちまう！

タケシ

そんなの俺のプライドが許しません！

サトシ

あ、それと僕のことを殴ったり、泥水をかけたことも償ってもらいますからね。

タケシ

へ？

サトシ

後々訴えさせていただきますので、あらかじめご連絡しときます。

タケシ

お、俺を訴えるだって？

タケシ

あんなの、男が結婚の挨拶に訪れた時の流儀みたいなもんじゃないですか！

サトシ

そんな流儀知りませんよ。

サトシ

慰謝料はしっかり請求させてもらいますよ。

タケシ

そんな…会社もクビになるかもしれないのに、それは困ります！

タケシ

そうだ、俺の娘はあなたに差し上げますよ！

タケシ

だから、会社のこととか、訴えるとか、全部無しにしてください！

サトシ

自分がピンチになったら娘を差し出すって、どういう神経してるんですか。

サトシ

カスミさんはもう成人だし、親の了承が無くても結婚できます。

サトシ

お父さんがどんなに反対しようが、籍は入れるつもりでしたから。

タケシ

ぐぐ…

タケシ

頼みますよ、俺はカスミの父親ですよ？

タケシ

あなたがカスミと結婚したら、俺はあなたの義理の父親だ。

タケシ

そんな俺をこんなに追い詰めて、心が痛まないのか！？

サトシ

全然、痛みませんね。

サトシ

カスミさんからも、「父を徹底的に制裁してと頼まれてますから。」

タケシ

なんだと！？

タケシ

父を制裁など、あの、バカ娘が！！

サトシ

とにかく、社内で処分が決定するまで自宅謹慎頑張ってください。

サトシ

忙しいので、僕はこれで失礼しますね。

タケシ

ま、待ってくれ！サトシ君！

タケシ

泥水かけないから、もう一度家に来てくれ！

タケシ

ちゃんと話し合おうじゃないか！

タケシ

おーい！

タケシ

こんちくしょう…

後日談…

サトシ

その後、お父さんはやっぱり会社をクビになりました。

サトシ

家で酒を飲んで暴れるようになり、ついに家族からも見放され離婚。

サトシ

僕への慰謝料の支払いもあり、孤独な貧乏生活を送っているようです。

サトシ

僕の方は、カスミさんと無事に結婚し、幸せに暮らしています。

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