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川本 遥
なんて、口に出してみたものの
家の中にいるのは私1人だ。
朝の支度を終えて
入ってダイニング。
木製の白いテーブルの上には
小さなメモ帳が置いてある。
『お母さんとお父さんは
今日も遅いからよろしくね』
母の字で書かれたそれを手にし
私は何がよろしくなのかを考えた。
1日の食事の事。
たまり始めた洗濯物の事。
妹のお見舞いの事。
考えれば色々と思い浮かぶけど
そのどれもだろうと考え、私は
メモ帳を生ゴミ入れに捨てた。
それにしても、平日は
ほぼ毎日テーブルの上に
置かれているこのメモ帳。
書いてある内容も
毎日似たようなもので
時々頼みごとが追加されている
くらいなんだけど……
こうして、読まれたら
捨てられるだけなので
勿体ない気がしてならない。
メールでもいいと
言ったこともあるんだけど
母いわく「手書きだからこそ
いいのよ」らしい。
母と子の温かい
コミュニケーションとも
話してたけど、正直
こういうところにそれを
求めてはいないんだけどな。
◇
キッチンカウンターに置かれた
食パンを一枚焼いて。
川本 遥
私1人には広すぎるテーブルに
つくと、大好きなイチゴジャムを
たっぷり塗ったそれを
口に入れた。
口内に行き渡る甘酸っぱさを
堪能しながら、ふと
リビングに目をやると
コーヒーテーブルの上に
数枚の書類らしきものが
乗っているのに気がつく。
川本 遥
首を傾げ、パンを噛みながら
椅子を降りて
確かめに向かったけど。
タイトル見ても
なんだかよくわからない。
川本 遥
そして、父のか
母のかもわからない。
というか、忘れ物だとしても
これから学校がある私が
届けることは不可能なんだよね。
私は書類を揃えて再び
コーヒーテーブルの上に戻すと
また、テーブルと向き合い
食パンをかじった。
それから、冷蔵庫の中で
冷えていた麦茶を飲んで
喉を潤すと、スマホを手にして
ひとまず母にメールする。
返事が来たのは
私が家を出てすぐだった。
どうやら父の物だったようだ。
けれど、多分忘れても
問題のないものだろうとの
文章を読み、私は
「了解です」と返すと
スマホを鞄にしまった。
◇
いつも使っているバス停には
すでに二人の
サラリーマンが並んでいる。
その後ろに並ぶと
私は小さく息を吐いた。
うちの両親は仕事人間の夫婦だ。
父はそこそこ偉い立場にいるし
母もそれなりにキャリアがある。
私も妹も1歳を過ぎた頃から
保育園に入れられ
私が中学に上がると母は
妹の世話を私に頼み
バリバリ働くように。
着るもの、食べるものに
困ったことはない。
でも……
1人で食べる食事は味気ない。
今日は妹のお見舞いがてら
夕食を食べてから帰ろう。
心の中で決めると
定時刻に到着したバスに
乗り込んだのだった。
◇
下駄箱から上履きを取り出し
学校指定の黒いローファーから
履き替える。
挨拶を交わす生徒たちの
声を聞きながら、私は
真っ直ぐに延びる廊下を歩いた。
右側に並ぶ窓からは
朝の光が差し込み
廊下を明るく照らしている。
ふと、カラカラと
扉が動く音がして。
見ると、数学準備室から
横谷先生が出てきた。
授業で使うのか
文厚く重ねられたプリントを
両手に持っている。
……ちょっと重そうかも。
昨日、助けてもらったし
お手伝いしようかな。
川本 遥
私の挨拶に、横谷先生は
視線をこちらへと向ける。
横谷 悠真
笑みはないけれど
声はどことなく柔らかい。
私は横谷先生に歩み寄り
少し持ちましょうかと
手伝いを願い出てみた。
けれど、先生は首を横に振る。
横谷 悠真
横谷 悠真
川本 遥
横谷 悠真
横谷 悠真
横谷 悠真
先生らしい言葉に
私は仕方なく頷いて。
と、その時、プリントを抱える
先生の右手人差し指が
何故か不自然にピンと
伸ばされていることに
気付いた。
よく見ると血が出ている。
川本 遥
私の視線の先に気づいた
横谷先生は
横谷 悠真
と声にすると、さっき
プリントの端で切って
しまったんだと教えてくれた。
以前、私も切ったことあるけど
これ地味に痛いんだよね。
しかも、先生の場合
結構血出てるし
がっつりいったのかも。
川本 遥
横谷 悠真
横谷 悠真
横谷 悠真
もういいか?先生はそう言うと
私に背を向けて
歩きだそうとする。
川本 遥
私は先生を呼び止めると
鞄のポケットから
小さな絆創膏を出した。
川本 遥
伝えつつ、絆創膏を
重なるプリントの
一番上に乗せる。
すると、絆創膏を見た先生の
瞳が一瞬だけ
僅かに見開かれた。
そして、少しの困惑を見せるも。
川本 遥
私の言葉に横谷先生は
横谷 悠真
と、やっぱり少し戸惑いを
乗せた声で言って、今度こそ
職員室へと向かったのだった。