あの日、
彼は言った。
彼
彼
忘れるわけない。
私は言った。
だって……
寒い夜だった。
葵
冷たい風が肌を刺すようで
鼻がツーンとするような
寒い夜だった。
彼
葵
暖かい……
葵
彼
知らない人なのに
見たこともない人なのに
何故か懐かしいような彼の笑顔が
私の冷たくなった心を
じんわりと温めた。
葵
彼
優しい人だと思った。
しばらくは何も言わなかった。
2人とも黙ったまま
小さな公園のベンチに腰掛け
少し熱いココアを片手に
星が輝く空を見ていた。
寒い夜だったはずが
一瞬にして
暖かい夜に変わった。
何分か経って
私は怖くて聞けなかったある言葉を
彼に伝えた。
葵
震えていたと思う。
怖かったから。
応えが予想出来なかったから。
少し経って、
彼はゆっくりこう言った。
彼
彼
真っ直ぐに私を見る彼の目は
どこか遠くを見ているようで
どこか寂しそうで
私は何も言えなかった。
彼は何かを思い出したかのように ポケットをさぐり
小さな白い袋を取り出した。
彼
すっかり冷えた私の手のひらに
暖かい彼の手がのった。
葵
彼
彼
彼は私の質問には応えずに
そう言い残して歩き出した。
思わず私は呼び止めた。
葵
彼がもう
戻ってこない気がしたから。
葵
彼はまるで風のように
夜の闇へと消えていった。
私はしばらくベンチに腰掛けていた。
何も考えられなかった。
名前も知らない彼のことを
私は忘れられなかった。
葵
無意識に握りしめていた白い袋。
クシャッとシワになったその袋を
ゆっくりと開けると
中には
青い花のペンダント
葵
それはとても綺麗で
今までの心のざわめきを
そっと沈めた。
葵
ワスレナグサ
何故かパッと思い浮かんだ。
ワスレナグサは、
私の死んだ父が好きだった花だ。
その時全てが繋がった。
私はやっと
彼の正体に気付いた。
葵
父は私が幼い頃に
交通事故で亡くなった。
父の事は写真でしか見たことがない。
若い頃の父だ。
ハンサムな方だったと思う。
そして……
ワスレナグサの花言葉は
私を忘れないで
忘れるわけない。
お父さん、
大好きだよ。
コメント
4件
いいね押させて頂きました😃
こんにちは、審査員のりいちゃんです。 表現の仕方が凄く好きです…! タイトルからも素敵だと思いますっ!!「ワスレナグサ」…。花言葉ってそのまんまの意味なんですね…。何故か、興味が湧いてきました💫✨ まさか、お父さんだったなんて…。最後のどんでん返しで思わず口が開いちゃいました🤭 分かりやすくて、話に入り込める作品でした! 改めて、コンテスト作品ありがとうございます!