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千空

じゃ、あと仕上げは任せた。ズレてたら、ぶっ飛ばすぞ

それだけ言い残して、千空は作業場を離れた

柚は相変わらず小さな声で「はい……」と返したきり、視線を上げることはなかった。

——そんな様子を、少し離れた場所で見ていた男がいた。

ゲン

いやぁ〜、千空ちゃんってば、相変わらずの直球だねぇ

にこにこと笑いながら、ゲンがひょっこりと現れる。

千空はため息まじりに言った。

千空

うるせぇ。んなこと言いに来たんなら、どっか行け

ゲン

まーまー、そうカリカリしないでよ

ゲンはひらひらと手を振りながら、千空と並んで歩き出す。

数歩進んだところで、ふと真顔になった。

ゲン

……でもさ、あの子、けっこう重症だね。

ゲン

自己否定の沼に、もう膝どころか、胸のあたりまで沈んでる

千空は黙って前を見たまま、何も言わなかった。

ゲンは続ける。

ゲン

“私なんて”って口癖、そう簡単には治らないよ。

ゲン

誰かに否定され続けた経験がある子は、自分の心がそのまま“世界”になっちゃってるからね

千空

……

ゲン

正論ぶつけても、心には届かない。

ゲン

わかってるんでしょ?千空ちゃん。

少しだけ、声に刺があった。 でもそれは、柚を見て胸がチクリとした“優しい人”の声だった。

千空はようやく足を止め、ポケットに手を突っ込んだまま言った。

千空

届かなくてもいい

ゲン

え?

千空

正論が通らないってのは分かってる。けど、俺は“それでも”言う

ゲンは目を細める。

ゲン

……なんで?

千空

そいつの中に、1ミリでも“違うかも”って思わせるためだ

風が吹いた。

千空

心は計算できねぇ。でも、諦めたらゼロだ。

千空

だから、こっちは可能性の式を組み続けるしかねぇ

ゲン

……存在証明、か

ゲンがぼそっとつぶやく。 千空は答えず、ふっと笑ったように口角を上げるだけだった。

——いつかあの子が、自分で自分を“証明”できる日が来る。

その日を信じて、千空は柚に真実を言い続ける。

夕方の空が、科学王国の空を茜色に染めていた。

人々が作業を終え、次第ににぎやかな笑い声や湯の湯気が立ち始めるころ。 柚は、ひとりで小屋の隅にしゃがみこんでいた。

ポケットには、今日使った小さなドライバーとネジが一つ。 はめたはずなのに、なぜかひとつだけ残っていた。

……また、ミス……してた……

ポツリと落とす声は、まるで自分を責めるようだった。

……結局、私がやっても……ダメだったんだ……

もうとっくにみんなは、夕食に向かっている時間。

でも柚はその場を離れられなかった。

ずっと胸の奥で渦巻く言葉があった。

——役に立ててない ——必要とされてない ——あの人の言葉も、優しさじゃなくて、妥協だったんじゃないか

そんなことばかりが浮かんできて、足が動かなかった。

……私なんかがここにいて……本当に良かったのかな……

目を伏せ、肩を震わせながら小さく呟いたその時——

へぇ……意外と、独り言多いんだね?

——その声に、ビクリと肩を跳ねさせた。

振り向くと、そこにいたのはゲンだった。

っ……ッ、い、今の……っ、き、聞いて……

ゲン

うん、まぁ……がっつり聞いてた♪

ゲンは悪びれる様子もなく、にこにこと笑っている。

ご、ごめんなさい……っ、う、うるさくして……っ

柚は反射的に、また謝ってしまった。 その姿に、ゲンはゆるく首を振る。

ゲン

そういうの、クセになってるでしょ?
“ごめんなさい”って言えば、その場をやり過ごせるから

……っ……!

ゲン

でもね、それって自分で自分の存在を、丸ごと否定し続けてるってことだよ

その言葉に、柚の目が揺れる。

ゲン

柚ちゃん。千空ちゃんが何で、あんな言い方するかわかる?

……わから、ない……。わからないです……。

でも……私なんかに、優しくされる理由、ないから……

ゲン

優しさ、じゃないよ?

ゲンは不意に、ふっと笑みを消した。

ゲン

千空ちゃんは“君が必要だから”って、言ってたんだ。

ゲン

それが、どんな理由よりも強い。科学的な事実、だよ

、ッでも……

ゲン

“でも”って思うよね。うん、しょうがない。

ゲン

それはもう、病気みたいなもんだからさ。心の傷って

柚は、はじめてそれを“病気”と言われて、ほんの少しだけ——心が楽になった気がした。

……なおせますか……この病気……

柚が、ぽつりとつぶやく。

ゲンはしばらく考えてから、言った。

ゲン

科学じゃ治せないけど、君自身の“式”が見つかれば、きっとね

……“式”?

ゲン

うん。君が君でいるための式だよ。

ゲンはにっこりと笑う。

ゲン

君が自分を“いていい”って思える日が来るように。

ゲン

それを解いていくのが、この物語だよ。柚ちゃん

夕暮れの光が、柚の頬に当たる。

ほんのすこしだけ——彼女の目の奥に、小さな灯がともったように見えた。

存在証明の方程式

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