「あなたの余命は残り、ヒャクモジです。」
その日から言いたいことを考えるようになった。
筆談じゃなくて自分で伝えたいこと
限られた文字で私は何が伝えられるだろうか、と__
リアン
あの日以来初めて声を出した時。
建物に入ったヒビが広がっているのを見て、咄嗟に叫んだ。
私の声に皆が逃げていくのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
少しでも早く私もここを離れようと最後に辺りを見回して、
もう進めていた足を、ピタリと止めた。
目線の先にはまだ10歳にも満たないような小さな男の子が、
建物を見て茫然と立ち竦んでいた。
コドモ
そんな、震えた声が聞こえた。
次の瞬間には駆け出していてその子の前に膝をつく。
そしてもう口は動いていた。
リアン
パラパラと、建物が崩れる音が耳に入ってきた。
コドモ
リアン
そう言って被さるようにして、腕の中で小さく震えるその子を抱きしめた。
私の心臓の音も伝わってしまうのではないかと思うくらいに強く。
バクゴウ
その低い声のする方に顔を向けると、君。
なんとなくだけど、ああ良かったと思った。
遠くから、君が爆破で飛んでくるにが見えた。
でももう瓦礫が降ってきているのも分かっていた。
リアン
何に謝ったかは正直わからない。
ただ、絶対にこの子は守るとヒーローらしいことばかりが頭に浮かんで、
私を救おうとしてくれるヒーローに謝ったんだと思う。
バクゴウ
近くで彼の声がする。
ホッと胸を撫で下ろした。
いつの間にか気絶していたみたいだけど、腕の中で微かな呼吸音が聞こえて、
リアン
コドモ
身体中が痛い。
でもこの子を守れたそのことだけで、痛みは和らいでいく。
バクゴウ
顔を上げると君がそう叫んでいた。
バクゴウ
リアン
バクゴウ
別のヒーローが来て、その子を連れていく。
コドモ
リアン
言えるはずもない。
もう、足の感覚がないなんて。
コドモ
その子が見えなくなるまで、笑顔で手を振り続ける。
角を曲がって彼らが見えなくなったその瞬間に、
何かの糸が切れたように崩れ落ちた。
バクゴウ
リアン
バクゴウ
余命ニジュウモジ。
それを口にすれば私は眠りにつく。
この世の誰も覚ますことのできない、深い眠りに。
バクゴウ
珍しく彼が焦った顔をしている。
涙ぐんだ声で吐かれる君の嘆感は、胸が痛んだけれど。
リアン
今回だって何に謝っているのかは、私にもよくわからない。
でも、君のこんな表情を見たら言わずにはいられなかった。
たくさんの言葉が溢れそうになって、気付けば口にしていた。
迷惑をかけてごめん、心配かけてごめん。喋るなって言われたのに喋ってごめんなさい
でも
バクゴウ
私の体がどんな状態なのかは、私が1番よく分かっている。
もう長くないことはわかっている。
だから死ぬ前に、後 “ジュウロクモジ” の言葉を紡がせてほしい。
余命ジュウロクモジ。
何を言おうか、何を伝えようか。
リアン
感謝のためにキュウモジ。
もっと言いたいもっと伝えたいけれど “ナナモジ” は絶対この言葉を残すと決めていたから
バクゴウ
何かを言葉にする代わりに、下を向いた君の頬に手を添える。
そして軽く、顔をこちらに向けた。
揺れ動いた赤い瞳がよく見えて、きゅっと口を結ぶ。
最後のナナモジはいつも私を想ってくれた君へ。
覚悟はできているはずなのに、涙が溢れそうで唇を噛む。
リアン
君の名前を呼ぶためにまずサンモジ。
バクゴウ
なんて幸せなんだろう、
なんて素敵な人生なんだろう。
愛する人が側にいて涙まで流してくれて
“ちゃんと意味を含んだヒャクモジを私は紡げましたか”
“イチモジたりとも、無駄にしませんでしたか”
あの日の自分の質問に、自信を持って頷くことができる。
残りヨンモジで終わる私の物語を、
心の中の言葉で繋ぐ。
次を捲ればもう終わってしまうこの物語を。
言葉がなくたって、伝えられることはある。
それでも、言葉にしなくちゃ分からないことだってある。
伝わらないことだってある。
言葉にして初めて、
心を揺さぶるものだってあるから。
リアン
余命ヨンモジ。
リアン
心から溢れたその言葉と共に、
ゆっくりと視界が霞んだ。
最後に見えたのは、
何よりも澄んだ君の涙だった。