蒼
結衣の実家がナビで反応せぇへんのは何でなん?

結衣
かなり山奥だからねぇ。それこそ、お爺さんが芝刈りに行ったり、お婆さんが川へ洗濯へ行くような村だからさ

蒼
ハハ、嘘やろ?今時、そんな村あるか?

蒼は婚約者である結衣と共に、結衣の実家である富山県の山深にある原畑村へと向かっていた。
車は舗装されていないガタガタ道を、時速30キロのスピードで抜けていく。
蒼
おいおい、この道あとどれくらい続くんや?

結衣
あと3キロくらいだと思うよ。私も実家に帰るの10年ぶりだからさ。うる覚えなんだよね

かろうじて車が通れる細さだった道は途絶え、鬱蒼と茂る竹林が目の前に現れた。
結衣
車で行けるのはここまでだね。ここからは歩いて向かわないと……

蒼
歩いて?家出る時そんな話ちゃうかったやん!

結衣
ごめん、すっかり忘れてた。でも、ここから歩いて10分くらいで着くから

結衣
あっ、見えてきたよ!

結衣がそう言って指をさした方向に蒼が目を向けると、今は殆ど見ることない造りの武家屋敷が木々の隙間から見えていた。
蒼
結衣の家って心霊スポットかなんかなん?

蒼
パッと見、人が住んでる気配無いんやけど

結衣
住んでるに決まってるでしょ。ほら、煙突から煙が出てるし

武家屋敷の隣には焼却炉があり、モクモクと黒い煙を吐き出している。
それを横目に見ながら、蒼と結衣は玄関の前に並んで立った。
結衣
ただいまー

結衣が勢いよく玄関の引き戸を開けるが、中から返事は返ってこない。
蒼
やっぱり誰も住んでへんのちゃうんか?

蒼
結衣、もしかして俺を盛大なドッキリに掛けようとしてるんちゃうやろな

結衣
そんな訳でないでしょー。おかしいなぁ……川に洗濯に行ったのかなぁ

蒼
出た、昔話

蒼がそう言って笑い飛ばした瞬間、背後から嗄れた声が聞こえてきた。
チエ
いらっしゃい。よく帰ったねぇ

振り返ると、五十代後半と思しき垂れ目の女性が立っていた。手にはタライと洗濯物を持っている。
結衣
お母さん、どこ行ってたのよー

チエ
ちょっと川へ洗濯にね

蒼
昔話はネタじゃなくて、マジやったんか。ここの村だけ令和じゃないんか?

結衣
確かに、電化製品とか無いもんね。まず、電気通ってないし。あっ、紹介するね、今お付き合いしている新庄蒼さんよ

チエ
それはそれは、結衣がいつもお世話になっております。母のチエです

蒼
こちらこそです。あの、これ手土産の……

チエ
ごめんなさい、外からの頂きモノは食べてはいけない決まりで。あなた達で食べてちょうだい。とりあえず、中に入りなさいな

チエはそう言って玄関を開き、壁に設置されている蝋燭に火を灯した。
蒼
へー、なんか昔ながらの旅館に来た気分になるなぁ

チエ
フフフ、この火が無かったら何も出来ないからねぇ

結衣
お母さん、今日の晩ご飯は?

チエ
神棚に供えてるよ

蒼
もしかして、毎日夕食を神棚に供えてから食べてんのか?

結衣
うん、新鮮な肉が手に入った時は神に感謝するのが当たり前でしょ

チエ
そうそう。食物は神様からの授かりものだからねぇ

蒼
確かに新鮮なホルモンですね。サイズ的に牛か豚ですか?

チエ
そんな獣、うちに居るはず無いだろう

チエ
コレは、今朝亡くなった洋治さんのハラワタだよ

結衣
珍しいね。心臓を貰えるなんて

チエ
だろう?洋治さん……健康な人だったからねぇ。きっと蒼くんも精がつくよ

理解しがたい会話が目の前で繰り広げられている。蒼は聞き間違いだと思い、結衣に話を振った。
蒼
豚に洋治さんって名前付けてたのか?

結衣
何言ってるのよ。洋治さんはこの村で米農家をしていた長老さんよ。豚な訳ないじゃない

チエ
さぁ、今すぐ切るからね

チエは刃渡り30センチの包丁を皿の上の心臓に刺し込み、三等分に切り分ける。
チエ
蒼くんは男だから、右心房と右心室あげるわね

結衣
えー、じゃあ私、左心房がいい!

チエ
はいはい、私は左心室でいいですよ

まるで壮大なコントを見せられているような会話はしばらく続き、大きく切り分けられた心臓が蒼の前に置かれた。
蒼
ご、ごめんなさい……。か、帰ります!

這うように玄関へ向かった蒼は、勢いよく引き戸を開けた。すると、いくつもの人影が家を取り囲むように立っている。
結衣
どうしたのよ蒼。こんなに美味しいのに

チエ
モシャモシャモシャモシャ……男の子なのに情けないねぇ。さぞ、ハラワタも小さいんだろうねぇ

結衣
確かめよっか

チエ
いいのかい?婚約者のハラワタを貰っても

結衣
いいのいいの。いつかは食べるつもりだったし

チエ
そうか。久し振りだねぇ、若いハラワタは

その会話の後、何者かによって蒼の脳天に鎌が振り下ろされた。