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獣たちと契約せし日
6話:主の秘匿
まだ夜の名残が残る、薄暗い時間。
ユイは静かに目を開けた。
すぐ隣で、真琴が眠っている。
規則正しい寝息。 無防備な横顔。
胸の奥が、少しだけ和らぐ。
体を起こした、そのときだった。
玄関のほうに、違和感。
視線を向ける
黒い封筒が一通、扉の前に落ちていた。
昨日はなかった。
音も気配も、何もなかったはずだ。
鼓動が早まる。
足音を忍ばせて近づく。
封蝋には見知らぬ紋章。
王都の意匠に似ているが、署名はない。
差出人の名は、どこにも。
ただ、微かに残る魔力。
冷たい。
封蝋に手を伸ばしかけて、止まる。
振り返る
眠る真琴。
雨宮 真琴(アマミヤ マコト)
指先が震える。
触れれば、何かが変わる気がした。
だが──
躊躇は、長くは続かなかった。
封蝋を割る。
中の文は短い。
主ならびに契約下の獣人四名へ。 速やかに王都へ出頭せよ。 詳細は到着後に通達する。
簡潔。
命令に近い文面。
人数まで把握されている。
知られている。
胸の奥が、ひやりと冷える。
市場の光景がよぎる。
人の波に押される真琴。
開いた距離を引き寄せるノア。
自分は届かなかった。
ユイ・ラビエル
封筒を強く握る。
ユイ・ラビエル
衣の内へ、封筒を滑り込ませる。
その瞬間。
雨宮 真琴(アマミヤ マコト)
眠たげな声。
振り向く。
真琴がうっすら目を開けている。
雨宮 真琴(アマミヤ マコト)
ユイ・ラビエル
自然に笑う。
いつも通りの笑顔で。
雨宮 真琴(アマミヤ マコト)
真琴は安心したように、再び眠りに落ちた。
その寝顔を見つめながら、ユイは小さく息を吐く。
まだ、知らなくていい。
───
朝食の支度をしているとき。
レンがふとこちら見た。
レン・フォクシア
穏やかな声で続ける。
レン・フォクシア
心臓が一拍跳ねる。
ユイ・ラビエル
視線を逸らす。
ほんの一瞬の間。
レンはそれ以上追求しなかった。
だが、その目は静かに観察している。
ユイは、いつもより主の近くにいた。
歩くときも。
立ち止まるときも。
体が触れそうになる距離。
雨宮 真琴(アマミヤ マコト)
真琴が笑う。
ユイ・ラビエル
ノアが一度だけユイを見た。
レオは前方を警戒している。
レンは、何も言わない。
ただ、見ている。
夜
全員が眠りについたあと。
ユイは、そっと衣の内から 封筒を取り出した。
魔灯は消えている。
月明かりだけが差し込む。
黒い紙面を見つめる。
これを渡せば、真琴は王都へ向かう。
知らない世界へ。
知らない誰かのもとへ。
ユイ・ラビエル
指先が、わずかに震える。
「…今朝の魔力の残滓は、これでしたか」
背後から、静かな声。
息が止まる。
振り向かなくても分かる。
レン。
レン・フォクシア
穏やかな声音。
レン・フォクシア
レン・フォクシア
逃げ場はない。
レンは続ける。
レン・フォクシア
沈黙。
月明かりが封蝋を照らす。
レン・フォクシア
胸が、強く痛む。
言葉が出ない。
レン・フォクシア
静かな声。
レン・フォクシア
ユイ・ラビエル
否定しようとした声が、途中で折れる。
息が、うまく吸えない。
視界が滲む。
ぽたり、と涙が落ちた。
一滴だけでは終わらない。
次が落ちる。
その次も。
ユイ・ラビエル
喉が震える。
堪えようと、唇を噛む。
だが、止まらない。
ユイ・ラビエル
小さな嗚咽が漏れる。
肩が震える。
封筒を握る指が白くなる。
……守りたかった……
掠れた声。
ユイ・ラビエル
膝から力が抜ける。
その場に崩れ落ちる。
ユイ・ラビエル
涙が止まらない。
レンは近づかない。
ただ、見ている。
レン・フォクシア
静かな声。
レン・フォクシア
レン・フォクシア
胸の奥を、正確に射抜かれる。
否定できない。
レン・フォクシア
嗚咽がひとつ、漏れる。
ユイ・ラビエル
しばらく、涙だけが落ち続ける。
やがて、ユイは震える声で言った。
ユイ・ラビエル
レンは何も答えない。
ただ、静かに背を向ける。
足音もなく、闇に溶けていく。
部屋には再び、静寂。
ユイは涙を拭う。
視線の先。
眠る真琴。
変わらない寝息。
何も知らない。
胸が締め付けられる。
小さく、呟く。
ユイ・ラビエル
封筒を握ったまま。
夜は、静かに更けていった。