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朝はいつも通りだった。 あたしは少し寝癖のついた髪を押さえながら、教室に入る。
教室の空気はまだ少し冷たい。 窓際だけ、光が白く落ちていた。
あい
呼ばれて顔を上げる前に、分かる。 愛だ。
あい
愛はいつも、説明を省く。 でもあたしは、もうそれに慣れていた。
なつめ
断る理由が浮かばないまま、頷く。
飼育小屋は校舎の裏にある。 誰もあまり行かない場所。 鉄の扉は少しだけ重い音を立てて開いた。 中は、いつもより静かだった。
なつめ
なつめ
愛はうさぎの檻を見ながら、軽く首をかしげる。
あい
それだけ。 白い毛のうさぎが一匹。 もう一匹。 そして、空いている場所。 あたしはそこを見て、少しだけ違和感を覚える。
なつめ
ぽつりと口に出すと、 愛は少しだけ遅れてから、
あい
とだけ言った。 その言い方が、妙に軽かった。 でも笑っているわけでもない。 ただ、事実を確認したみたいな声。 あたしはうさぎを見つめる。 白い毛。 丸い目。 何も変わらないはずなのに、少しだけ距離がある気がした。
なつめ
愛は檻の前にしゃがんだまま、
あい
と返す。 質問なのか、独り言なのか分からない。
あたしはその横顔を見る。 愛はいつも通り綺麗だった。 髪も整っていて、リボンもまっすぐで。 でも今日は、少しだけ視線が檻の奥に沈んでいる気がした。
放課後。 先生が言った。
せんせい
教室が少しだけざわつく。
クラスメイト
クラスメイト
そんな声が混ざる。 あたしは笑えなかった。 愛を見る。 愛はノートに何かを書いている。 丁寧な字。 いつもと同じ。
帰り道。 空は薄い色をしていた。
あい
あい
なつめ
あい
あたしは少しだけ頷いた。
なつめ
少し間が空く。 愛は前を向いたまま続ける。
あい
なつめ
あい
あたしは横を見る。 愛は笑っているようで、笑っていない。
夕方の光が、少しだけピンクに見えた。 街の色が、ゆっくり沈んでいく。 あたしは自分の手を見ながら歩く。 何もしていないのに、少し疲れていた。
その夜。 あたしはなかなか眠れなかった。 天井が白く見える。 まぶたを閉じると、うさぎの檻が浮かぶ。 白い毛。 空いた場所。 そして、愛の声。 「動いてるとさ、ちょっと怖いよね」
翌朝。 飼育小屋は「点検中」と書かれた紙で閉じられていた。 それだけだった。 誰も深くは聞かなかった。 あたしも。
でも教室で、 愛のリボンだけが、 昨日より少しだけきれいに結ばれている気がした。 あたしはそれを見て、 何も言わずに目を逸らした。