純白の湯気が一つの缶から昇る
寒いね、なんて笑いながら
君と二人きりで
ホットココアが飲みたかったなぁ
鉛色の空から 大粒の雨が降り注ぐ
綺麗とは言えない空だが その後の虹が待ち遠しくなるから
嫌いではない
私
雨に気を取られて忘れていた
傘を持ってこなかったこと
最寄り駅までは近いが この季節
すっかり寒くなって 最早みぞれになりつつある雨
それに打たれて走るのは 気が引けた
後輩くん
私
狭い入口から 遠慮がちに現れた彼
私よりも二つ下の後輩くんだった
後輩くん
私
苦笑いで誤魔化したつもり
それでも
後輩くん
私
後輩くん
驚きのあまり無愛想な返事 だったかもしれない
怯えるように返事をする後輩くん
私
私
後輩くん
やっと彼が柔らかく笑った
後輩くん
私
いつも顔を合わせて 仕事をしているものの
二人きりになると会話がない
仕事終わりに仕事の話をするのも 気が引けた
私
私
後輩くん
後輩くん
大粒の雨で視界が霞む
けれど、駅までの道に あることは分かった
私
後輩くん
後輩くん
私
動揺した彼の言動に笑ってしまう
後輩くん
私
後輩くん
後輩くん
彼の暖かな笑顔を網膜が写す
なんだかそれを見たら 張り詰めていた気が緩んで
私
私
すんなりと承諾してしまった
窓ガラスを打ち付ける
シロップのような雨粒
鼻をくすぐる
香ばしいコーヒーの香り
……ん?コーヒー……?
私
後輩くん
後輩くん
私
後輩くん
真っ暗な空を照らすような 笑みが彼の顔に広がる
目尻に溜まったシワで よく笑うことが確認できた
私
後輩くん
後輩くん
後輩くん
止まない笑いを堪えるように
クククっと笑う彼
笑顔が印象的だな、って
初めて思った
私
後輩くん
軽く茶化した会話はやっと弾んだ
まるで水溜りの水滴が 跳ねるみたいに
後輩くん
私
コトン、と音を立てて 置かれるカップ
真っ白な湯気が立ち昇っていた
私
湯気が昇るカップから 香ばしいコーヒー豆の香り
後輩くん
後輩くん
後輩くん
苦笑いで見つめ合った二人
その瞬間、腹を抱えて 大爆笑してしまった
コーヒーとココアを交換しても尚
どちらかが思い出して また笑いがこみ上げる
ココアを牛乳に溶かして
それが滲むように 笑いが広がっていく
ガチャ、と玄関の開く音がした
振り向くとセミロングの髪を 綺麗に下ろした女性
後輩くん
後輩くん
後輩くん
ひどく優しく
私の名前が部屋に響いた
私
後輩くん
私よりも優しく微笑む後輩くん
彼女にしか出来ない笑みだ、と
五感の全てで感じ取った
私
後輩くん
ココアで暖まった筈なのに
私の心は著しく温度を下げる
ぬるくなった 最後の一口のココアを飲むと
体温すらも下がった気がして
ソファにかけてあった コートを引っ掴んだ
私
私
逃げるように帰路を走った
降っていたみぞれは雪に変わり
薄く積もっては足跡をつけた
私
にしても、普段運動していないので 体力が持たない
駅の手前のベンチに座り込んだ
私
呟いてみるものの
暖かい雫が頬を伝う
バカだなぁ 後輩相手に恋だなんて
角砂糖のような 雪を眺めながら思う
後輩くん
私
ほら、呼び方だって 「後輩くん」のままじゃん
あの彼女に勝ち目はなくて
後輩くん
私
後輩くん
なんでそんなに 優しいんだよ…
あぁもう。ズルいなぁ
私
水玉模様の赤色の傘
それを受け取ると 私は立ち上がった
私
おどけて言ったら
後輩くん
意外と明るい顔で承諾を得た
私
後輩くん
私
後輩くん
そう言って駅までの 数メートルを歩きだした
かじかんだ手に買いたてのココア
さっき後輩くんが 自販機で買ってくれたのだ
彼はもう家路につき始めている
私とは反対方向の道を 歩いている
私
二人きりでココア
君と、したかったな。なんて
叶わない夢が脳を掠める
もうこの気持ちは忘れよう
白濁した牛乳に溶かして ココアにでもしてしまおう
今回はちょっと、苦かったかな
……君のせいだよ
これはきっと 君が間違ったせいだ
来年は
コーヒーとココアを 間違えぬように
君の彼女とココアを飲もう
二人きり、だなんてそんな野望は 暖かなミルクに溶かして
コメント
189件
好きな人に彼氏、彼女がいるのは辛いよね
ココアが飲みたくなるやん…( '-' )
何これ…。 ココアを使って作る恋物語かぁ。すごい。