コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あれから、二ヶ月が経った
木でできた屋根が、肩を寄せ合うように並ぶ、小さな村
その景色のなかには――
深緑のフードをかぶった青年が、今日も映りこんでいた
赤い髪が、光を受けて揺れている
初めて見たときは、みんな驚いていた
でも今では、それも村の日常だ
名前は、まだ思い出せていない
けれど、誰も彼を“よそ者”なんて呼ばなかった
???
子供
???
子どもたちの声が、後ろから跳ねる
泥の跳ね返る音と、かごの中の音
青年は少しだけ笑って、走る足を緩めた
武器鍛冶屋
声の方を振り返る
武器鍛冶の親父が、黒い前掛けのまま、汗を拭って立っていた
手に持つのは、成形途中の鉄の塊
意図に気付いた青年は、それを受け取り、拳を固くする
インゴットと木材
どちらも、硬い
その感触に、彼は目を閉じ、虚空に差し出す
……空気が、波打つ
目には見えないはずの“ひずみ”が、そこにあるとわかる
時間さえも巻き込んで、素材がかたちを変える
鋼が舞い、木が息を吸うように曲がり、重なり――
やがて、〈鉄の剣〉が生まれた
それは、美しい剣だった
無駄のない重さ
硬質な光
どこか、夢の中で見たような感覚を、かすかに感じた
武器鍛冶屋
武器鍛冶屋
苦笑い混じりの声に、青年は小さく頷いた
そう
それは、完璧な“かたち”
けれど――
“時間”が、通っていない
誰かが悩みながら叩き、磨き、気泡に落胆しながら作った道具
そういう、手作りの“温もり”が、このクラフトには宿らない
彼はそれを、わかっている
それでも、求められ、喜ばれるから、今日も作る
パン屋の娘
パン屋の娘が、麦の束を抱えて走ってきた
小さな腕
元気な声。
掲げられたそれに、青年は頷き、そっと受け取る
小麦が、粉になり、膨らみ、成形され――
パンが、そこに創られた
でも
村のかまどで焼く、あの匂いはしない
だが
そこに、笑顔はあった
夜
ひとりになった彼は、空を見上げる
……自分は、どこから来たのか
なぜ、ここにいるのか
まだ、なにも思い出せない
それでも――
ここにいていい、と思えた
ほんの少しずつ、誰かに触れ、
ほんの少しずつ、村に染まっていく日々
名前も、過去もなくしてしまったこの青年が、
それでも「ここに在る」と、微笑んでくれる日々
それが、いまの彼にとって、
きっと――
世界の、すべてだった