ツクリは、夜の帳が降りるのを待ってから、 ノートの奥に隠された「最初のページ」をめくった
そのページは、ずっと誰も開けなかった
開けると、雨が止んでしまう気がしていたから
けれど今夜は違う
外の雨が、静かに彼女の背を押していた
【記録:はじまりの日】
あの日、世界は音を失った
風も
波も
街の声も
ただ一つ、“雨の音”だけが残った
私たちは、音を失った街の記憶から生まれた
忘れられた声のかけら
聞こえなくなった誰かの歌
それが、ミリプロ喫茶の最初の灯だった
ツクリの指が、記録の上で止まった
眠雲
そのとき、背後でかすかな音がした
振り返ると、リズが立っていた
彼女は濡れた傘を手に、静かに微笑んでいる
雨夜
眠雲
雨夜
雨夜
ツクリは息をのんだ
ノートの端に、知らない文字が浮かび上がる
“彼女は、雨とともに消えた。”
雨夜
リズの声は、雨よりも静かだった
ツクリはページを閉じ、ノートを胸に抱きしめた
心臓の鼓動とノートの脈動が、同じリズムで響く
眠雲
眠雲
その瞬間、ノートがふっと光を放った
ページが勝手にめくれ、白紙の中に映像のような景色が浮かび上がる
白い雨の中に立つ、ひとりの女性
長い髪、穏やかな笑顔
そして手に持つ小さな看板
甘狼
その声を聞いた瞬間、ツクリの目に涙があふれた
眠雲
リズが静かに頷く
雨夜
雨夜
ノートの光がゆっくりと消える
外の雨が、少し強くなった
それはまるで、このみが泣いているようだった
ツクリはペンを取り、最後の一文を書いた
“雨は記録を残す
そして記録は、想いをつなぐ
だから私は、書き続ける。”
ページの上に、淡い光が宿る
ノートがまた息をした
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