メモくん
『アリスは女の子』第一章:約束と悪意アリスは、とても心優しい女の子。シンヤは、少し優柔不断な男の子。ふたりは恋人で、貧しくても、いつもお互いを分け合って笑っていました。「僕にはアリスしかいない。ずっと一緒だよ」シンヤはアリスの小さな手を握り、何度もそう約束しました。アリスはその言葉を宝物のように信じ、彼のためならどんな苦労もいといませんでした。ある日、街にリリスという女の子がやってきました。誰もが魂を奪われるほど美しい彼女には、誰も知らない秘密の趣味がありました。それは、誰かの「一番大切なもの」を奪い、その幸せを台無しにすること。リリスは流されやすいシンヤに目をつけ、甘い声でささやきました。「ねえ、あんな地味な女の子のどこがいいの? 私なら、もっと素敵な世界を見せてあげられるわ」シンヤの心は、またたく間に揺らぎました。リリスの美しさに目を奪われ、アリスとの温かな思い出を「退屈なもの」だと思うようになってしまったのです。アリスがどれだけ引き止めても、シンヤの目は、もうアリスを見ていませんでした。シンヤは約束を忘れ、アリスを裏切りました。「ごめんね、リリスの方が好きなんだ」リリスは勝ち誇った顔で、シンヤの手を引いていきます。優しいアリスの心は、粉々に割れてしまいました。悲しくて、悔しくて、アリスの心は枯れ果てました。けれど、優しすぎたアリスは、誰も憎むことができません。ただ深い悲しみに包まれて、アリスは一輪の枯れた花になり、静かに消えてしまいました。もう、どこを探しても、アリスという優しい女の子はいないのです。第二章:リリスも女の子アリスが完全にいなくなってから、シンヤはハッと気づきました。流されるままに手放してしまったものが、自分にとってどれほど大切で、かけがえのないものだったかを。「アリス、ごめんよ、戻ってきておくれ」シンヤは名前を呼び続け、ボロボロになって泣き崩れました。その姿をじっと見つめて、リリスはお腹を抱えて「くすくす」と笑いました。リリスが欲しかったのは、シンヤの愛ではありません。誰かの幸せを壊し、奪い、台無しにすること。これこそが、リリスにとっての最高のエンターテインメントだったのです。泣き叫ぶシンヤの無様な姿を見下ろしながら、リリスはふと、遠い日の記憶を思い出していました。――かつて、リリスもまた、綺麗で優しい「ただの女の子」でした。誰よりも愛する恋人がいて、誰よりも信じる親友がいました。けれどある日突然、そのすべてが嘘に変わりました。信じていた親友と、愛していた恋人が、裏で手を握り合っていたのです。「ごめんね、リリス。私、彼がいないと生きていけないの」「リリスは強いから、一人でも大丈夫だろ? ごめん」どれだけ泣き叫んでも、二人は冷たい背中を向けて去っていくだけ。優しすぎたリリスの心は粉々に割れ、悲しみと悔しさのあまり、彼女の純粋な心は完全に枯れ果ててしまいました。激しい絶望の終わり、リリスは泥にまみれた指輪を見つめながら気づいたのです。「優しくしているだけじゃ、全部奪われるんだ。もう誰にも自分を奪わせないために、先に奪う側になろう」冷酷な怪物になったリリスも、元を正せば、ただ愛されたかっただけの、哀れなひとりの女の子なのでした。第三章:花の国と森の国時が流れ、現世での肉体を失った彼女たちの魂は、別々の場所へとたどり着きました。アリスとリリスが導かれたのは、静謐で美しい「花の国」。そこは、傷ついた魂たちが最後に集まる、果てのない花園です。そこで、ふたりは出会いました。アリスは、優しすぎて自分を責め、枯れて消えてしまった女の子。リリスは、傷つくのが怖くて怪物になり、誰かを奪い続けた女の子。ふたりは、お互いの姿を見ただけで、すべてを理解しました。「私は誰も憎めなくて、自分を壊したの」「私は誰も信じられなくて、みんなを壊したわ」。ふたりはお互いの弱さを、お互いが犯してしまった罪を静かに認め合い、抱きしめ合いました。その瞬間、ふたりの魂は、見たこともないほど美しく気高い一輪の花へと変わり、花の国の柔らかな風に吹かれて、儚く散っていきました。ふたりは女の子でした。優しく、美しい女の子でした。一方、シンヤの犯した罪は、あまりにも大きすぎました。彼は死後、地獄である「森の国」へと落とされました。そこは、かつて自分がアリスに与えたものと全く同じ「裏切られる苦しみ」を永遠に味わい続ける場所。「僕はなんてことをしてしまったんだ。もう二度と、誰のことも裏切ったりはしない……!」シンヤは心から悔い改め、魂の底から許しを請いました。しかし、彼の誓いなどもう遅く、シンヤの身体は冷たい木肌へと変わり、身動きの取れない一本の「木」へと姿を変えられてしまいました。彼は決して許されることなく、地獄の森の片隅で、永遠に泣き続けていました。第四章:木の下の許し、そして永遠さらに長い、長い年月が流れたある日のこと。『森の国』で苦しみ続けていたシンヤの木のもとに、ふたつの柔らかな気配が舞い降りました。それは、あの『花の国』で美しく散り、新しい命へと生まれ変わったアリスとリリスの魂でした。二人の美しい女の子は、シンヤの木の枝に、そっと寄り添うように座りました。木に変えられたシンヤは、かつて自分が傷つけた二人だと気づき、激しい後悔の涙を樹液のように流します。しかし、生まれ変わった二人の瞳に、もう怒りや憎しみはありませんでした。二人がただ優しく木に触れたその瞬間、シンヤが背負っていた「裏切られる苦しみ」という大きな罪の呪いが、静かに解けていきました。ようやく二人に許されたシンヤは、激しい苦しみから解放され、温かな光に包まれます。そして、優しい風に乗る無数の葉っぱとなり、今度こそ静かに消え去っていきました。それから、さらに新しい世界、新しい街。光の溢れる並木道を、二人の女の子が歩いていました。一人は、ひだまりのように温かい笑顔を持つ女の子。もう一人は、少し不器用だけど、誰よりも澄んだ瞳を持つ女の子。前世の名前がアリスだったことも、リリスだったことも、今の二人は知りません。けれど、二人が初めて言葉を交わしたとき、魂が確かに覚えているのを感じました。「ねえ、なんだか私たち、初めて会った気がしないね。すごく似てる気がする」「ふふ、確かに。会ったことないはずなのにね! 不思議だねー」二人は顔を見合わせて、楽しそうに笑いました。かつてどれほど深く傷つき、どれほど激しく泣いたのかも、すべては遠い過去の幻。今の二人は、お互いが世界で一番愛おしく、大切にすべき存在なのだと分かっていました。二人はすぐに、かけがえのない存在になりました。時には最高の友達として、そして時には誰よりも深く愛し合う恋人として。もう、二人の幸せを壊すものは誰もいません。ふたりは友達として、恋人として、永遠に結ばれました。かつて傷つき、枯れ、怪物になるしかなかったふたりの女の子は、今度こそ、ただお互いを真っ直ぐに愛し、愛される、世界で一番幸せな普通の女の子になったのでした。(おわり)