彼女はまさに雨降らし
雨の夕方
街を歩いていると、すれ違った人と傘がぶつかった。
大きな水滴がお気に入りの服の上で跳ねた。
最悪…
ぶつかった女は、大袈裟な動きで何度も頭を下げる。 だから水が飛ぶっつーの
おまけに彼女の声は無駄に大きい。あっという間に私達は注目の的。
ハルカ
ようやく顔を上げた女が、何かに気づいたように目を見開いた。
その顔にどんどん笑みが広がった。
ハルカ
わかったから声量落とせ
ハルカ
大手小説投稿サイト「CAT」。
私はそこで小説を投稿して、それなりの知名度になっている。
SNSでの多少の顔出しも手伝ってやっと手に入れた地位。
簡単に手に入れることが出来るわけではない。 つい値踏みするような目になってしまう。
レインとか言う人は……… 溢れ出る田舎者感を全く隠せていない。
きゃぴきゃぴ はしゃぐだけで大した作品は書けないな、と直感した。
大したことない。
2日もしないうちに、私の頭から「レイン」は抜け落ちた。
私が再び「レイン」の名を目にしたのは1ヶ月後。
「CAT」は2ヶ月に一回、「CAT祭」と称して大規模なコンテストが開かれる。
賞を貰うのはかなり難しい。 私はつい1ヶ月前、「CAT祭」で準優秀に輝いた。
「レイン」の名は、「CAT祭」で2連覇を達成した大物作家のツイートで見つけた。
曰く 「ダイヤの原石を見つけた!血みどろ愛憎劇やらサイコホラーやらで廃れた心を洗い流そう!」
カチンと来た。
「CAT祭」で準優秀を獲得した私の作品は、まさに血みどろ愛憎劇だ。
フォロー外してやろうかとも思ったが、興味の方が勝った。
大物作家がプッシュしたのだから、普通に興味はある。
少しばかりの期待を込めて、レインの作品を読み初めた。
首を傾げた。
どこにでもある恋愛小説だった。 あの大物作家は何を見て原石と感じたのだろう。
文章が稚拙だ。そして くどい。
終始ありがちな展開。「あっ!」と驚くラストでもない。
なのに大物作家は 「平和だ」「ほのぼのする」「丁寧な描写だ」と長々とコメントしている。
それに対するレインの返事は、やはり きゃぴきゃぴ している。 「CAT祭に結果を残す作品を作れるように頑張ります!!」
いやいやいや。 こんなテンプレ作品書いちゃってたら、一次審査も通らないから。
いくら大物作家のプッシュでも、長くは続かないな と確信した。
ハルカ
レイン
はいはい。 せいぜい短い命、楽しんで
しかしレインの名は なかなか消えなかった。
むしろ着々と「レイン好き」と言う意見が増えていく。
と言うのも大物作家が「成長著しい」だの「やはりダイヤ」だの散々ツイートするからだ。
大物作家サンは大層ご執心なことで……。 私は一切「いいね」を押さなかった。
テンプレ作品に付き合う暇はない。 「CAT祭」が目前に迫っている。
次こそ私が優勝するんだ。
しかし
第32回CAT祭 優勝作品
「雨に降られてろ」 レインさん
目を疑った。
優勝……? レインが?
私は二次審査で落ちたのに? 運営もあんなテンプレ作品を選ぶの?
運営が選んだのなら一瞬だ。
レインの人気は目に見えて上昇した。
対して 私の作品は読まれなくなっていく。
私をフォローしていた人も、一番に読むのはレインの作品。
私はテンプレ作品の二の次
なんで なんで なんで!?
レイン
レイン
はあ?
スマホを床に叩きつけそうになった。
調子に乗るなと叫びたい。
何が「すみません」だ。謝るくらいならダメ出しなんかするな。
怒りにまかせて、CAT祭優秀作品とやらを探す。
所詮アンタはテンプレ作品しか書けない、それを証明してやる。
雨に降られてろ
邪念も劣等感も洗い流せ
そしたら世界はもっと綺麗に見えるんじゃない?
怪我で夢を諦めざるを得ない少年と、幼なじみの少女との恋
また、ありがちな…… と笑ってられたのは最初だけだった。
窓を叩きつける雨の音が聞こえなくなるくらいに
引き付けられた。
まばたきせずに最後まで読んだ。
稚拙でくどい表現など どこにもない。
「成長著しい」「やはりダイヤ」 理解してしまった。
「雨に降られてろ」のフレーズが頭の中で、ガンガンと響いた。
どこにでもある設定なのに あんな田舎者が書いたのに
負けた、と思った。
窓の外の雨が一際強くなったように感じた。
悔しい。
今や出す物出す物ヒット作のレインの存在を認識するたびに、胸がザワザワする。
それでも、辞めたくない。
それでも小説を書きたいと、思えるのだから。
書く レインからコメントが届く 胸がザワザワする また書く
そんなことの繰り返し。
だけどある日、レインから届いたコメントは これまでで一番長かった。
まるで今生の別れを告げるかのように、レインのコメントの最後はこう締めくくられていた。
レイン
レイン
レイン
レイン
いつの間にか友達認定されていたおかしなコメントを最後に、
レインはCATに現れなくなった。
レインが あの田舎者の女が
生まれつきの病気で20歳まで生きられない、と知ったのは1ヶ月後
レインの母と名乗る人物からコメントが来た。
レイン
レイン
レイン
レイン
レイン
だからなんでいつの間にか友達認定されてんのよ
そんな邪念も劣等感も洗い流せ。
私の作品は、一番イヤな人に一番届いていた。
卑屈でイヤな私を 友達だと言ってくれた。
雨に降られた。
世界がもっと綺麗に見えた。
第33回 CAT祭 参加作品
「雨降らし」
いつも雨を降らす「雨降らし」を嫌っていた少女だが、次第に「雨降らし」の魅力にひかれていく話。
読者受けとか度外視して、自分の書きたいように書いた。
私も最初は、そんな風に小説を書いていたんだ。
最後にこう付け加えた。
天狗になって、見下してばかりの私に彼女は現実を突き付けた。
私の心には雨ばかり降る。
彼女は「雨降らし」
だけど嫌な思いも全部洗い流して、綺麗な世界が見えることを教えてくれたのも彼女。
彼女は「雨降らし」
そして私の友達。
コメント
14件
本当に感動しました… 物書きが忘れていた感情… いいねよりも自分が書きたいことを書くって本当に大切ですよね🥺 いや,三瀦エリカがいうなよ
「テンプレ作品」「大物作家さんが大層ご執心」と心の中が不遜の塊だったハルカだったけれど、最後は偏見を捨てて作品を見て相手を認める… 感情の移り変わりがすごくリアルでした!
湊かなえ様の「ベストフレンド」に影響されて書きました。やはり湊かなえ様は神。 すぐ自分の物にしようとする非リア弟は雑魚。 読んでくださりありがとうございました❗