知らなきゃよかったことがある_
クラスの男子の余命_
それを知ったのは、 合唱コンクール本番1ヶ月前だった_
青
どうして、
そんな大事なこと、
僕に教えたの?
そんな大事なこと、
僕に教えたの?
桃
だっておまえは、
ピアノの伴奏者だし、
当日、
俺が指揮できるか分からないじゃん
ピアノの伴奏者だし、
当日、
俺が指揮できるか分からないじゃん
と彼は言った。
私は鍵盤に頭を伏せて、 ダーンと心臓に 深く響くピアノの音をならした_
彼は
桃
ほら、顔あげてよ
と僕の肩に手を置いた_
桃
俺がいなくても弾けるように、
練習を続けよう
練習を続けよう
それから僕たちは毎日、
クラスみんなと合唱した後に、 こっそり練習を重ねた_
桃
これでもう、
俺がいなくても弾けるね
俺がいなくても弾けるね
青
いなきゃ無理だよ、
桃
いいや、
だっておまえ、
目閉じながら弾いてるよ
だっておまえ、
目閉じながら弾いてるよ
彼の指揮をみていると、 涙が出そうになる
僕はもう、 彼が指揮をしていなくても、 いつも目で追っていた_
彼の白くて細い腕があがる、
彼と目を合わせ、
私はすこし悲しげに笑う、
白くて儚い彼の手のひらが、
宙に線を描いて
桃
それじゃあ、いくよ_
って、 彼の口角が上がる、
僕は深呼吸して、 彼とひとつになる_
本番当日、 僕たちの合唱に指揮者はいなかった_
それなのに、
みんなの声はどのクラスよりもそろっていて、
みんな涙を流した_
青
ねえ、
どうして指揮者に立候補したの?
どうして指揮者に立候補したの?
桃
おまえは知らなくていいよ、
そんなこと
そんなこと
彼が亡くなって少しして、
音楽室の黒板に落書きをみつけた_
それは彼が消し忘れた、 私への唯一の秘密、
『スキ」の2文字だった_
そう言えば、 彼はよく、 僕に無駄に手を振っていた_
指揮をしているのだと、 勘違いしていたけれど、
あれはきっと何度も何度も、 その2文字を描いていたんだと思う_
無邪気に手を振る彼の姿、
僕は今日も放課後_
ピアノを弾く_
彼に捧ぐ恋の旋律_
『 スキ 』
と言う2文字を