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きんとした声が辺りに響く。宮本は驚いて、思わず煙草を落っことした。ああくそ、まだ火をつけたばかりだったのに…。おそるおそる声のした方を見やると、ぼんやりと人の姿が見える。目を細めてみれば公園のすぐ近く、団地のベランダから、女性がこちらの様子を伺っていた。女性は大きく手を振って、まるで旧友にでも接するかのように、宮本へとその存在をアピールしている。だが、宮本には少なくとも女性の友人はいなかった。自分の痛々しい勘違いでなければ、見知らぬ女性に声を掛けられた、そういうことだ。この自分が?
その事実は、彼の気分を逸らせるのには充分過ぎるものだった。宮本は三十を過ぎていたが、女性どころか、人付き合いすらままならないような男なのだ。珍しく穏やかであった気分は真っ逆さま、まさに急降下していく。せめて、せめて自身の勘違いであればこの場を切り抜けることができるだろうと、宮本はきょろきょろと辺りを見渡す。しかし、先認めたはずの人影ですら忽然と姿を消しており、周りには宮本以外の人間はいない。それでも、彼が彼女の声に応えなかったのには、きっと理由がある。
もちろんそれには彼の人嫌いも由来しているだろうが、それよりも…「行ってはならない」と彼の本能が告げていたというところが大きい。ついぞ認識することさえなかったが、確かに宮本の脳の片隅で警鐘は鳴り響いていたのだ。それを知る資格を持ち合わせていなかった為に、宮本はむしゃくしゃとしたやりようのない気持ちを抱えたまま、じっと声のした方を見つめることしかできなくなる。言葉を選んであらわすのなら、彼はどこまでもツイていなかった…。それだけのことだった。