太宰治
空虚にただ声が響く。
太宰治
いつも自分自身の帰りが遅いため、
敦が先に帰っているのだが、
今日はいつもよりずいぶんと早い時間に帰ってきたからいないのは当然だ。
太宰治
敦が来る前はこれが日常だったはずなのに、
敦が来た途端、日常だったものが稀有なそして寂しいものへと変わってしまった。
太宰治
靴を揃えようと屈む。
ふとその時、自分に靴を揃えるという習慣がついていることに気がついた。
そして玄関が綺麗に掃除されていること、
自分が着ていた上着を綺麗に畳もうとしていること、
それらはすべて敦に言われて行っていることであることを知った。
太宰治
気づかない間に、太宰は完全に敦に染まりきっていた。
鮮やかなな恋心を自覚したあの時から、
ずっと敦が脳裏に焼き付いて離れない。
好きが止まらない。
諦めよう、諦めようと頭の中で復唱するたびに
敦の鮮やかな笑顔が浮かび上がってきて、
また、恋焦がれて苦しくなる。
敦がいつもいるキッチン。
敦と話すダイニングテーブル。
敦と何気ない他愛のない話をするリビング。
敦がいつも掃除してくれる風呂場。
敦に用意した敦の部屋。
太宰の目に入るものすべて
敦によって色付けされたもので、
敦以外が自分の部屋で笑っている姿なんて
想像できやしない。
そこでまた深く自覚する。
“ああ、自分はどうしようもないほど
あの大人びた少年を愛してしまっているのだ”
と。
愛を知らない自分が愛を自覚するなんて
おかしな話だ。それは、わかっている。
でもこの懐かしく愛しい感情が、
たまらなく大切で失いたくない。
だから、口にしないと。
言葉にしないと、伝えやしないと、
そう何度も決意したのに。
中島敦
なぜ、今自分はこの少年をベッドに押し倒しているのだろう。
中島敦
ああ、驚いた顔も可愛らしい。
慌てている姿なんて可愛らしくて仕方ない。
こんなにも邪悪な邪念が蔓延って、
手が敦の唇を触ってしまう。
ああ、キスをしたい。
抱きしめたい。
この小さな体をトロトロにとかしてしまって、
自分だけを見てくれるようにしたい。
だが、そんなのは自分のエゴだ。
彼が、望んでいることじゃない。
それなら、今すぐにでも退くべきだ。
それなのに、なぜ太宰は敦の唇に唇を押し当ててしまうんだ。
逃げないように、離さないように、ぐっと手に力が加わる。
もう少しこのままでいたくて、自然と抱きしめる形になる。
……だが、我にかえった。
パッと敦から三十センチほど離れ、
体はカタカタ震える。
自分は何をしているのだ、と叱りつけたくなった。
中島敦
敦は自分の唇に手を当てて、顔を真っ赤にして固まっている。
太宰は反対に自身の唇に手を当て、顔を青くして座り尽くしていた。
中島敦
太宰治
太宰治
頭が真っ白になる。
顔の温度が下がっていく。
血の気が引く。
太宰治
太宰治
太宰はその場から走り去った。
そして自室へ飛び込み、怯えたように毛布の中にくるまった。
居た堪れなかった。申し訳なかった。
だから、敦がどんな顔をしていたのか、ろくに見れなかったのだ。
中島敦
コメント
2件
久しぶりに読みにきますた!めっっっっっっっっちゃすきですよおおおおぉ泣