語り手
何でも大きな船に乗っている。
語り手
この船が毎日毎夜すこしの絶間なく黒い煙を吐いて浪を切って進んで行く。
語り手
凄じい音である。
語り手
けれどもどこへ行くんだか分らない。
語り手
ただ波の底から焼火箸のような太陽が出る。
語り手
それが高い帆柱の真上まで来てしばらく挂っているかと思うと、
語り手
いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。
語り手
そうして、しまいには焼火箸のようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。
語り手
そのたんびに蒼い波が遠くの向うで、蘇枋の色に沸き返る。
語り手
すると船は凄じい音を立ててその跡を追っかけて行く。
語り手
けれども決して追つかない。
語り手
ある時自分は、船の男を捕(つら)まえて聞いて見た。
語り手
この船は西へ行くんですか
語り手
船の男は怪訝な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、
船の男
なぜ?
語り手
と問い返した。
語り手
落ちて行く日を追かけるようだから
船の男
あっはっはっは
語り手
船の男はからからと笑った。
語り手
そうして向うの方へ行ってしまった。
船の男
西へ行く日の、果は東か
船の男
それは本真か
船の男
東出る日の、御里は西か
船の男
それも本真か
船の男
身は波の上
船の男
檝枕(かじまくら)
船の男
流せ流せ
語り手
と囃している。
語り手
舳へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱を手繰っていた。
語り手
自分は大変心細くなった。
語り手
いつ陸(おか)へ上がれる事か分らない。
語り手
そうしてどこへ行くのだか知れない。
語り手
ただ黒い煙を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。
語り手
その波はすこぶる広いものであった。
語り手
際限もなく蒼く見える。
語り手
時には紫にもなった。
語り手
ただ船の動く周囲だけはいつでも真白に泡あわを吹いていた。
語り手
自分は大変心細かった。
語り手
こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
続く






