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マスター

いらっしゃいませ

ここは、寂びれた街の片隅にある酒場 「YOUR ROCK」。

沙央梨

ここの経営は、 マスターたった一人で 切り盛りしている。

マスター

どうぞ、お好きなお席へ

沙央梨

……はい

特別売上が良いわけでもなければ、 常連客になるような者もいない。

それもそのはずである。 何故なら…、

沙央梨

(…なんでこんなトコに来ちゃうかなぁ、私)

「何かを抱えている者」 の前にしか出没しない、 魔法のような酒場だから。

1杯目『自分自信』

マスター

…ご注文はお決まりでしたか?

沙央梨

…あぁ、いえ、別に…

沙央梨

メニューとかあったりします?

マスター

えぇ、ございますよ

マスター

こちらになります

沙央梨

ありがとうございま……えっ?

沙央梨

(何この辞書みたいな分厚い本は?!)

マスター

ふふ、やっぱり驚きますよね

沙央梨

えっ?

マスター

この店は全然繁盛しないのでねぇ…

マスター

売り上げを何とか上げようよ思って、カクテルの種類を増やしてみたのですが

マスター

…品数が5000000種類になってしまって…はははっ

沙央梨

ご、5000000…

沙央梨

…カクテルって、そんなに種類あるんですね…知りませんでした…

マスター

えぇ…
でもそれは少し誤解ですね

沙央梨

誤解?

マスター

カクテルって、自分で作ってしまえば、なんでもオリジナルになっちゃうんです

マスター

例えば「カシスオレンジ」

マスター

これはカシスリキュールと、オレンジジュースを割って作るカクテルなのはご存じでしたか?

沙央梨

まぁ…なんとなく

マスター

店舗にもよって様々ですが、だいたいは1対4で割って作るんです

マスター

そこを2対3にしてしまえば、それは「カシスオレンジ」じゃなくなるんですね

マスター

つまり、アレンジさえしてしまえば「オリジナル」になるワケです

沙央梨

な、なるほど………?

マスター

結果、こんなたくさんになった、ってだけです

マスター

でもこんな量あるので、わざわざ調べる人は中々いないですが…

沙央梨

まぁ…無理もないですね…
こんなページ数…

マスター

でしょう?

マスター

だから、注文方法のパターンはいつも決まって2つなんですよ

沙央梨

2つ?

マスター

はい

マスター

1つは「お気に入りの一杯」

マスター

いわゆる「いつもの」ってやつですね

マスター

もう1つは、メニュー1ページ目をご覧ください

沙央梨

…「マスターのおすすめ」?

沙央梨

日替わりメニュー的なやつですか?

マスター

簡単に言ってしまえばそうですね

マスター

ですが、少し違うのは

マスター

お客様に似合う一品を私からご提案させていただく、というところですかね

マスター

なので、お客様や表情、気分次第で全く変わります

マスター

お値段は2000円と少しお高めですが、最高の一品を提供させていただきます

沙央梨

へぇ…

沙央梨

(私の気分次第で、か…)

沙央梨

…面白そうだから、それをお願いしようかな?

マスター

かしこまりました

某日 午前中―――

沙央梨

ちょっと…それどういう意味?

和弥

だからぁ、もう終わりだって言ってんの

沙央梨

はぁ…?意味わかんないんだけど

沙央梨

婚約までして、同棲もして、
ご両親にも挨拶したのに?

和弥

だから終わりだっつってんだろ!

和弥

いい加減諦めろよ糞女!

沙央梨

何よそれ…

沙央梨

マジで納得いかないんだけど

美海

ってコトでぇ~

美海

カズくんがとぉっても迷惑してて可哀想なので、さっさと消えてもらって良いですかぁ~?

美海

今日からここは、私たちの愛の巣になるので♡

沙央梨

…はぁ?

沙央梨

なんでよ?

和弥

いやいや、お前に拒否権ないだろ

和弥

ここ、元々は俺が家賃払ってるだろ?

和弥

なんで住めると思ってんの?バカ?

美海

ほんとそれな~!

沙央梨

沙央梨

(言葉が出なかった)

沙央梨

(呆れた、というのもあるけれど)

沙央梨

(でも彼の意見も正論だったからだ)

沙央梨

(私は、家事全般をしていただけだったし…)

和弥

わかったら合鍵置いて出てってくんない?

沙央梨

…はぁ

沙央梨

もういいわ

沙央梨

精々末永くお幸せに

沙央梨

(その時、和弥は何かを大声で言っていたけど)

沙央梨

(そんな言葉は私の耳には届かなかった)

某日 夕暮れ時―――

沙央梨

(勢いで家を出たけど…)

沙央梨

(行く宛がない…)

沙央梨

はぁ………

沙央梨

(なんで私って、いつもこうなんだろ)

沙央梨

(先の事を考えようとするのに)

沙央梨

(いつも桁外れな展開になる)

沙央梨

(いつも、いつも…)

沙央梨

……

沙央梨

…あれ?

見上げると、 見慣れぬ酒場があった。

沙央梨

…こんな所にバーなんてあったんだ…

沙央梨

………

沙央梨

…えぇい

沙央梨

もう!
こーなったらヤケ酒だ!!!

マスター

………それで、

マスター

たまたまこの店にご来店、ってコトでしたか…

沙央梨

あはは、まぁそうなるわね…

マスター

さぞお辛いでしょうに…

沙央梨

いやいや!全然!

沙央梨

でも、前々から浮気は疑ってはいたのよ

沙央梨

だから
「あーやっぱりか」
って感じ

沙央梨

むしろスッキリしてる!

沙央梨

いっその事、快感ってレベル!

マスター

は、はぁ…

沙央梨

それに私、同情されるの
あんまり好きじゃなくて

マスター

…それは失礼致しました

沙央梨

いいのいいの!全然!

沙央梨

あはは!

沙央梨

はは…

沙央梨

は………

沙央梨

………………はぁ…

マスター

……

沙央梨

…これ以上、落ち込まないように

沙央梨

頑張って明るく振舞ってきたの

沙央梨

負の感情を出したら、
嫌われると思ってね…

沙央梨

だから………

沙央梨

………

沙央梨

(…思い返せば)

沙央梨

(私、和弥に嫌われたくなくて)

沙央梨

(いっつも機嫌取りしてたな…)

沙央梨

(嫌われるのが怖くて…)

沙央梨

(なのに、こんな結末って…)

沙央梨

……可笑しな話だなぁ…
私、バカみたい…

マスター

………お客様

マスター

こちらが、本日のお客様にオススメさせていただく一品でございます

手慣れた手付きで マスターはグラスを差し出した。

沙央梨

わ…

沙央梨

(キレイ…)

マスター

こちら「チャイナブルー」になります

沙央梨

あ、名前聞いたことある!

マスター

ふふっ
光栄ですね

マスター

こちらは、ライチリキュールとブルーキュラソー、グレープフルーツジュース、そしてトニックウォーターを使用した、非常にさっぱりと飲みやすい口当たりのものです

沙央梨

色もとってもキレイなんですね…

マスター

そうでしょう?

マスター

中国の陶磁器のように青いから、このような名前なんですよ

沙央梨

中国のカクテルなんだ…!

マスター

いえ、実はこれを考案したのは日本人です

沙央梨

えぇ?!嘘?!

マスター

ホントですよ、はははっ

沙央梨は恥ずかしさを隠すように 少しだけグラスを傾けた。

沙央梨

………美味しい…

マスター

お口に合って良かったです

沙央梨

私…いつも彼の

沙央梨

いや…もう元カレか

沙央梨

元カレの好きなお酒しか飲まなかったから…こんなお酒もあるって知らなかったです…!

マスター

ふふ

マスター

ところでお客様
「カクテル言葉」ってご存じですか?

沙央梨

…カクテル言葉?

マスター

はい

マスター

花には「花言葉」というものがありますよね

マスター

それと同じように、カクテルにも秘めたメッセージがあるのですよ

沙央梨

…それは初耳…

マスター

この「チャイナブルー」にも勿論、メッセージがあります

マスター

それは「自分自身を宝物だと思える自信家」です

沙央梨

…へぇ

沙央梨

なんか、私とは無縁な言葉みたい…

マスター

いえ、まさか

沙央梨

でも…

マスター

なにも堂々と胸を張ることが、自信って意味ではないと私は思うのですよ

沙央梨

…え?

マスター

自信ってのは、いきなり最初から身に着くものじゃないですよ

マスター

いろんな体験、経験をつんで、それが確信に変わる

マスター

それを「自信」というと思うのです

沙央梨

…はぁ

マスター

最初にも少し話しましたが

マスター

思い付きで出来たカクテルもあれば、様々な試行錯誤の上で完成したカクテルも、この世にはたくさん溢れています

マスター

どれだけ未来をイメージしても、予想と異なる結果になるのは、ごく自然の理です

マスター

だから「失敗」だなんて思わないであげてください

マスター

今すぐは難しくても…

マスター

きっと、キレイな色に変わりますから

沙央梨

………

沙央梨

(確かに)

沙央梨

(自分が思い描いていた現実と異なる度に、失敗と落ち込んでいた気がする)

沙央梨

(いつも人目を気にしてしまって、失敗ばかり恐れていた気がする)

沙央梨

(大人になってまで説教されちゃう私って…)

沙央梨

(…いや、でも)

沙央梨

(説教じゃなくて…お告げ、なのかな?)

沙央梨

…なんか、なぜか心が少し軽くなった気がする

沙央梨

マスターのおかげかな?

マスター

はは、まさか

マスター

全部お酒のせいですよ

沙央梨

…それもそっか

沙央梨は、 店内に響くジャズに浸りながら カクテルを飲み干した。

沙央梨

…美味しかった

沙央梨

ごちそうさまでした

マスター

良かったです

沙央梨

……私、

沙央梨

宝物って言えるようになれるかしら…

マスター

ふふっ

マスター

なれますよ、きっと

ここは、寂びれた街の片隅にある酒場 「YOUR ROCK」。

沙央梨

じゃ、ごちそうさまでした!

マスター

そういえば…行く宛はあるんですか?

沙央梨

うーん…

ここの経営は、 マスターたった一人で 切り盛りしている。

沙央梨

とりあえず今晩は格安ホテルに泊まろうかなって

沙央梨

未来を考えすぎても落ち込んじゃうから…今は「今」を考えていこう、って思って

マスター

なるほど、そうでしたか

沙央梨

はい!
今日はありがとうございました!

特別売上が良いわけでもなければ、 常連客になるような者もいない。

沙央梨

私が「宝物」って言えるような女になったら、またこの酒場に来ますね!

沙央梨

じゃ!

マスター

ありがとうございました

それもそのはずである。 何故なら…、

マスター

…きっともう、

マスター

彼女にお会いする事はないでしょうね…

マスター

だから一度も「あの言葉」を言った事がないんですよねぇ…

マスター

「またのご来店をお待ちしております」って

「何かを抱えている者」 の前にしか出没しない、 魔法のような酒場だから。

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