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屋上に吹く風は、冷たくなり始めていた。
季節が夏から秋へと変わっていくように、私の中でも確かに何かが変わり始めていた。
橙は、手すりにもたれながら空を見ていた。
その横顔は、どこか切なげで、どこまでも静かだった。
橙 。
橙 。
突然だった。
心臓が、一瞬止まりそうになる。
どうしてそんなふうに、静かに、でも確信を持って言えるんだろう。
桃 。
橙 。
否定できなかった。
できるはずがなかった。
私の目の奥を、橙はじっと見つめていた。
優しく、でも逃げ場を与えない瞳で。
橙 。
橙 。
そう言って、彼女はふっと笑った。
橙 。
橙 。
ひどい?ずるい?
ちがう。
本当にずるかったのは私のほうだ。
桃 。
その言葉が、私の喉から自然とこぼれたとき、自分でも驚いた。
こんなこと、誰にも言ったことなかったのに。
桃 。
桃 。
桃 。
自分の声が震えていた。
涙が出る寸前で、ぎりぎり堪えていた。
橙は何も言わなかった。
でも、その沈黙がすべてを受け止めてくれた気がした。
橙 。
ぽつりとそう言った彼女の声が、風に混じって消えていった。
私は、ひとりの少女として、ひとつの恋を失おうとしていた。
でもその中で確かに、誰かを本気で想った時間があったことだけは、消せなかった。