ーPM8:30ー
貴方
隣の席いいですか
隣から男性の声が聞こえて 私は目を泳がせながら呟いた
私
…どうぞ
人と話すのが苦手な私は素っ気なく答えて、少し男性から離れながら考えた
私
(このカフェ、1人でコーヒーを飲めるから好きなのに…)
私
(このカフェで隣に人がいるなんて久しぶりだな。。)
貴方
ここ、よく来るんですか?
私
まぁ…はい
静かにそう答えると
あまり乗り気じゃない私の様子に彼は少し申し訳なさそうに謝った
貴方
…ごめんなさい、迷惑ですよね
私
…いえ、大丈夫です
…話すのが嫌なはずなのに
私の口は無意識に返事をした
貴方
無理しなくていいですよ笑
貴方
嫌、というのが
滲み出ていましたから笑
滲み出ていましたから笑
私
そんなこと…、ないですよ
今の返事は無意識じゃなく、本心。
誰かと話すのなんて久しぶりで
なんだか楽しかった
…私、話すのが苦手だったんじゃなくて
『話すこと』に慣れていなかっただけなのかも───。
私
…私、意外と話すの好きかもです笑
貴方
それはよかったです笑
貴方
じゃあ…、話してもいいですか?
私
えぇ、どうぞ笑
貴方
あ、時間決めます?
私
時間?
貴方
例えば
貴方
1杯分のコーヒーを時計にしましょう
貴方
コーヒーを飲み終わるまでが時間です
貴方
コーヒーを時計にすれば自分で時間を調整することが可能です
貴方
それなら疲れないでしょう?
私
…ふふ、面白い発想ですね
私
いいですよ
それから私達は毎日夜8時半にコーヒー1杯分の会話をした
名前も年齢も職業にも触れずに
日常の話をよくした
名前も年齢も知らないのにどうして話がそんなに続くかって?
それはきっと貴方だから──。
彼と初めて会った日から半年が経とうとしていたとある日
私はある事が気になって 問いかけてみた
私
あの
貴方
どうしました?
私
どうして名前も年齢も何も知らないのに
私
こんなにお話してくださるんですか?
貴方
それは──…
貴方
…言えません
私
何故言えないのですか?
私は少し積極的に聞いてみた
…今日の私は別人みたいだ
私
(こんなにグイグイ問いかけられるなんて)
私
(以前の私じゃ考えられないのに笑)
私
教えてくださいよ笑
私が急かすと貴方は屁理屈を言う子供のように呟いた
貴方
…話すには時間が
足りなさすぎますよ。
足りなさすぎますよ。
私
それじゃあ、コーヒーおかわりしますか?
貴方
…いえ、1杯で結構です
私
じゃあ…、教えてくださいませんか?
私
1杯分が終わってしまう前に
私が更に攻めると、貴方は覚悟を決めたように私を見た
貴方
…貴女に
貴方
一目惚れしたんです
私は貴方のその言葉を待ってましたとばかりに頷いた
私
ふふ…、私もです
私
貴方に一目惚れしました
貴方
…っ…!
私
あれ、照れてますか?笑
私
貴方も照れるんですねっ笑
貴方
…ふは…っ笑
貴方
そりゃ俺だって照れますよ笑
初めて見た貴方の照れ笑い。
つられて私も笑った
私
ふふ…っ
私
これからは
私
コーヒー1杯分じゃ足りないぐらい貴方のことを教えてくださいねっ笑
貴方
それでは貴女は
貴方
コーヒー1杯分じゃ足りない程長い長い私の話を聞いてくださいね──笑
私
はい…っ笑
私がそう返事をした時
手元のコーヒーカップから少し苦くて甘い香りが立ち上って
私達を祝福しているように 感じた───