主
皆さん
主
うちは決めました
主
もううちは
主
人に迷惑をかけてしまうようです
主
でもそれって当たり前ですよね
主
誰かに迷惑をかけないで
主
って言われます
主
でも迷惑なしじゃ
主
人間は生きれません
主
だってそうじゃないですか
主
誰かのおかげで
主
授業があるんですから
主
それは迷惑をかけているのだから
主
この世界では迷惑が3種類あるんです
主
それは,救いを求める迷惑か、
主
悪意のある迷惑か
主
そしてそのどちらでもない「事故」
主
例えば赤ちゃんは迷惑の塊のようなものである
主
時間を考えずに
主
泣きわめいては
主
食事や排せつ、
主
遊びですら他人任せなのだ
主
しかし、これを迷惑と感じる者は少ない
主
何故ならその迷惑には悪意が存在してないからだ
主
大人になると何かと迷惑だと言われる機会が多くなってくる
主
人は悪意を覚え、悪意を込めた行動ができるようになる
主
例えば誰かの足を引っ張るためだとか、誰かに不利益をもたらすためだとか
主
明確な目的が悪意に染まっている場合がある
主
しかし、成長した人の迷惑の本質を見抜くのは難しい
主
一見誰かの困らせるための迷惑だと思えても
主
救いを求めた魂の叫びから作られた迷惑だったという事も少なくはない
主
そのような悪意が主体ではない迷惑の罰し方は本質の問題を解決してあげる事の他はないと思われる
主
だが悪意が目的である迷惑の場合
悪意の主を虫か何かだと思って、殺虫剤をまいたら
あと無視をするといいだろう
悪意の主を虫か何かだと思って、殺虫剤をまいたら
あと無視をするといいだろう
主
悪意は悪意で返せば更に高次元の悪意に
呑まれてしまうのである
悪意の主の存在を認識しないことが1番の罰し方なのだ
呑まれてしまうのである
悪意の主の存在を認識しないことが1番の罰し方なのだ
主
これは本当だ
主
、、、さようなら






