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車の後部座席の窓ガラス。
いつしか雨が降りだした。
車が信号で止まる。
窓ガラスに雨の細かな滴が降り注ぎ、ガラスに飛び散って滴の点線をつくる。
いくつもの点線が、魚の群れのように増えていく。
少年は点線と点線の間の、親指の爪程の大きさの濡れていない空間をじっと見つめる。
いつ、そこに滴が線を描くかと見つめる。
しかし、中々線は描かれなかった。
少年はいくつかの滴が集まってできた大きな滴を見つめた。
大きくなって、重くなった滴は、ずるずるとその重みで窓ガラスを滑っていく。
はじめはゆっくりと。
でも、滑るうちに他の小さな滴も取り入れてだんだんスピードを上げていく。
滴は最後は地面に物を落とすように、一瞬の間に滑り落ちた。
落ちた滴は、窓ガラスの下のゴムの上に落ちていた水と一緒になって、広がった。
少年はまた点線に目を移した。
いつの間にか濡れていない空間もなくなった窓ガラスは、雨のキャンバスとなって、たくさんの滴をきらめかせている。
美しい模様が、そこにはあった。
少年はそれに魅せられて、まばたきも忘れてじっと見入った。
目を閉じた一瞬の間。
信号は青になり、車は動き出す。
再び目を開けると、上から落ちてきたたくさんの水滴に、キャンバスは消されていた。
水滴は容赦なく、ものすごいスピードでキャンバスを壊していく。
優しいキャンバスの滴とは明らかに違う。
少年の目の前で、雨のキャンバスは消えた。
星の数ほどの雨の中で、雨のキャンバスを描いて消えた滴は、どう思っただろう。
本当は地面に落ちていたはずの雨の滴は、その短い自分の時間でキャンバスを描くことができた。
たとえそれが消えたとしても、その美しいキャンバスは、少年の心にしっかりと残っている。
キャンバスを描いてよかったと、思っているのだろうか。
今はもうわからないけれど......
