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Sub:私たちの黒歴史
From:noa nekoi Re:蛍が飛び始めた日
あれは三年前
丁度
蛍が飛び始める頃でした。
父
父
父
父
父
父
父
父
父
父
父
父
父
父
急病で入院する前から
骨が透けて見えそうなほど痩せこけて
骸骨と言っても過言ではない体の
どこにあんな力が残っていたのでしょう。
亡くなる二日前父は薄暗い病室を
出ようとした私の腕を強く掴み
かすれた声でそう言いました。
気迫に圧倒され思わず頷いてしまったものの
正直あまり
意味は
わかりませんでした。
それまで私は小説など書いたことなかったのです。
血がつながっている
という責任感だけでお見舞いに来ましたが
生まれてからこれまで父とは
まともに口を利いたこともありませんでした。
父は働きも出ず
年がら年中
自室に引き籠っていたからです。
だから家には
母の仕事の収入だけで
生計を立てていました。
私は心底
父の存在を軽蔑していました。
家族なので仕方なく一緒に住んでいましたが
排泄のために部屋から出てきた父と
廊下ですれ違うだけでも
気味が悪くて仕方ありませんでした。
でも私は
恐ろしいぐらい
そんな父に似ていました。
体質が遺伝したのでしょうか
どれだけ健康的な生活を送っていても
四十キロ以上に太ることはできず
色白で
頬は窶れて頬骨が浮き出ていました。
亡霊。
その言葉が自分にはぴったりだと思います。
気味が悪いと避けられ
友達なんて一度もできた例はありませんでした。
しかし誰に陰口を叩かれても
教科書に落書きをされても
上履きを隠されても
体操着を捨てられても
時にトイレの汚水を浴びせられるような
酷いいじめを受けるようになったとしても
私は平気でした。
学校から帰れば
母が毎日
まるで儀式のように言って
私を抱きしめてくれたからです。
この世で誰よりも美しい母の胸に
強く抱きしてられる瞬間さえあれば
私は生きていられたのです。
愛する人の体温という最上級の幸せに包まれ
その時ばかりは自分が醜いことも忘れられました。
けれど、
父が死んでから
母わすっかり変わってしまったのです。
細胞が死んでいくごとに生まれかるみたいに
日に日に怒りっぽくなり
その表情から完全に笑顔は消え失せました。
以前なら信じられないような
棘という表現の収まりきらない 言葉も投げつけられました。
そして1年後には
もはや別人に変わり果てました。
今までのことが全て演ぎだったとでも言わんばかりに
母はもう少しも 私のことを愛してくれなくなったのです。
それどころか
心の底から嫌悪しているだろうことも
ひしひしと感じ取れました
私は月に一度
近くの教会で開かれるミサに参加し
神様へそう祈るようになりました。
クリスチャンという訳ではないのですが
神様の他に
私の声を聞いてくれる存在は思いつかなかったのです。
まるで聖母マリアのように優しかった母が
どうしてここまで変わってしまったのか。
私の脳では理解ができませんでした。
あるいは理解したくなったのかもしれません。
だって世界中が敵でも
母だけは私の味方だったのです。
母だけが私を愛してくれたのです。
しかし
私を疎んじるようになっても
母はちょっとした有名人でしたから
世間体を気にしたのか
私を施設に預けることはしませんでした。
私が高校へ上がる少し前のこと
母は過去を捨てるかのように家族で住んでいた東京のマンションを売り払うと
京都の町屋をリフォームした物件を購入し
などと頻繁にため息を漏らしながらも
私も一緒に連れて行ってくれました。
受験に合格し入学するつもりだった
東京の私立高校の姉妹校である
京都市内の女子高校に通えるように手続きもしてくれました。
そう言えば母は少女時代
京都に住んでいたと
小さい頃に話してくれた覚えがあります。
きっと懐かしい地に帰れば
自分を取り戻せるかもしれないと思ったのかもしれません。
けれど京都に来てから
母は悪魔に魂を抜かれたように
とてつもなく無気力になり
どんどん廃人のようになってしまったのです。
1日中家にいたとしても
高価な 美顔器なので美しい容姿を保つためにケアは欠かさず
美意識だけはずっと高かったのに
化粧水すら塗らなくなり
箍が外れたようにカップラーメン などのジャンクなものばかり食べて
そのせいで吹き出物が酷いようでした。
真っ暗な部屋の隅で
母はうわ言のように
膝を抱えながらブツブツと呟いていました。
そんな暗闇に
まぶしい光を放つホタルが飛び始めたのは
二〇〇六年の冬のことでした。
教壇に立つ少女の姿に
教室は一瞬
静まり返りました。
あまりにも整った顔立ちの少女でした。
背中には羽が生えているのではないかと疑ってしまうほど異次元級に白い肌に
サラサラの髪が無なものまで伸ばされ
黒目がちの大きな瞳には
冗談みたいに長い睫毛が生えていました。
陰気臭い教室で
その美しさは浮いているようにも感じました。
とボケたように言って
少女
るなは微笑みました
美しさに加えて目を引くのは
苗字のごとく
光を集めたような
ほんの少し黄緑がかった金髪です。
完全に校則違反の髪色でしたが
暗い色に染め直せと注意するのは過ちであると断言できるぐらい
るなに似合っていました。
しかし 髪色についての心配は杞憂だと知っています。
教室を支配する一二〇センチのルーズフォックスを履いたギャル集団の中には
るなには及ばないものの
相当明るく染めている子もいて
この偏差値の低い私立女子高校では
もはや髪色や服装の乱れについては
先生も注意するのを諦めているようです
先生
先生
自己紹介のあと
席を指示され
私の机の横を通り過ぎるその姿を目で追いながら
ふと
誰かに似ていると感じました。
けれど
その圧倒的な透明感にすべての思考はかき消されてしまい
そのときはわかりませんでした。
るなが席に着くと授業が始まりましたが
私は今まで味わったことのない高揚感の中でぼんやりと
この機能室のメンバーで『バトルロワイヤル』がはじまっても
るなだけは死なないんだろうなと
妙な妄想にふけりました。
なぜなら最後まで生き残るのは
いつだって特別に可愛い女の子と決まっているのですから。
放課後
本体をスライドさせるとキーボードが引き出せる最新ケータイ
おそらくいつものように二次創作サイトを巡回しながら
五十嵐えとが少しそわそわした口調で
るなについて切り出しました。
五十嵐は私と対照的に
入学当初からぽっちゃりとしていましたが
失礼ながら
最近はもはや 肥満という言葉が似合う体型になってきているように思います。
ここ生物部の部室に一台だけ置かれてるデスクトップパソコンを占領し
流行りのオンラインゲーム
『魔法世界(マジカルワールド)』
をプレイしながら
大川どぬくがやや歪んだ赤フレームのメガネを時折直しながら言い放ちます。
ハマっているアニメの影響なのか
春ごろから突然
一人称がボクに変わりました。
もう終わりかもしれませんが
ここは生物部というのは名ばかりの
オタクの巣窟です。
全員が当たり前のように眼鏡をかけていて
たとえ流行りのアイテムを身に着けていたとしてもダサくて
いわゆるスクールカーストの底辺でした。
けれど底辺であることは
それそど不幸なことではなかったのかもしれません。
放課後
ここへやって来さえすれば
私たちは誰の目を気にすることなく
空気の泡を飲み込むみたいに
静かに息ができたのですから。
何か面白いことが起きたのでしょうか大川が漏らす独特は笑い声を背に
私は 生物部が代々面倒を見ている アロワナのアロたん
(勝手な付けた)
が泳ぐ
一五〇センチの大きな水槽の前に立ち
餌を掴んで水面へ散らしました。
アロたんはしゃくれた顎を
パクパクと口を動かして
粒状の餌を無表情に体内に取り込んでいきます。
この春で四歳になり
体長は九十センチほど。
シルバーアロワナという種類で
硬い鱗は光に反射すると
宝石のように輝きます。
一億五千年前からその姿は変わらず
「この魚は恐竜みたいなものだからな」
と
年度初めに一度だけ様子を見に来た顧問の仲吉先生が教えてくれました。
私はアロたんを眺めながら
いつも思うのです。
そんなに長い間
ずっとこの姿で生き続けることを
この魚は望んでいるのだろうか。
だってもし何度生まれ変わっても
永遠に自分の姿のままだと思うと
なんだかゾッとするではありませんか。
そしてケータイを持つ手をわざと震わせ
興奮してる事を示しながら
五十嵐か呟いたあとでした。
大川の鋭い突っ込みと共に
ギィと扉が開く鈍い音が
部室に響きました。
生物部に人が訪ねてることはほとんどありません。
誰もこの暗闇に用事などないからです。
戸惑いながら振り返ると
視線の先に立っていたのは
るなでした。
風も吹いていないのに
その光そのもののような眩いかみは
小さく揺れているように見えました。
それは
本当の意味で
私たちの黒歴史が始まる合図だったのかもしれません。
るなは私たちを見下ろしながら
不自然なほどやさしく
女神のように微笑んでいました