その瞬間、全身に甘いしびれが走った
手のひらに触れたのは、桃くんの冷たい唇
ちゅっという微かなリップ音と同時に、不思議と痛みが引いていった
それは本当にわずかな間のことだったけれど、僕はすっかり呼吸の仕方を忘れてしまった
青
____硬直、それしか言いようがない
桃くんの鋭い瞳を見たら、何も言えなくなってしまった
でも、なぜかその鋭い眼光の先は、僕ではなく黄先生に向いていた
黄
青
僕は慌てて否定したが、体中の熱が、全部顔に集まっていく
どうしよう。熱い。今、僕の頭からは湯気が出ているんじゃないだろうか
ショートする寸前のところで、手をぱっと離された
目の前には困惑したように顔を赤くしている桃くんがいた
桃
口元に手の甲をあてて謝る桃くんは、自分でもさっき何をしたのかよく理解していないみたいだ
もちろん僕も、ますます訳が分からなくなっていた
二人して硬直したまま、呆然と突っ立っている様子は、周りから見たらすごく珍妙だったろう
しばしの沈黙の中、桃くんが不安げに呟いた
桃
でもそれは、あまりにも小さな声だったので、聞き取れなかった
青
桃
『ごめん』 あれ、まただ、冬休みの直前の日と同じ
なんで、謝るの桃くん、その台詞の意味は一体...
その瞬間、まるで、さあっと風が吹き込むかのように一つの映像が浮かび上がってきた
それは、おじいちゃんが亡くなる少し前の日
『ごめん』って、まるでもう死を知っていたかのようにおじいちゃんは呟いた
どこまでも優しい笑顔で
ありがとう、ごめんね、ありがとうって、僕の頭を撫でながら、宥めるかのように言われたあの台詞
ああ、きっと僕は分かってたんだ、
おじいちゃんが消えてしまうことに
もう、気づいてたんだ
桃
桃くんは、うつむいたまま歩き出した
黄先生が何か言いたげな顔をしていたけれど、結局口をつぐんでいた
重なる過去と今、
その時、何かが全身を駆け巡って貫いた
桃くんが、おじいちゃんと同じように、一瞬半透明に見えたのだ
今すぐに消えてしまいそうな――…
僕は動揺を隠せないまま彼の後ろ姿を見つめていたが、そのとき、何かが全身を駆け巡って貫いた
桃くんが、おじいちゃんと同じように、一瞬“半透明”に見えたのだ
今すぐに消えてしまいそうな……
青
気づいたら、僕は桃くんの名前を呼んでいた
なんか、なんか言わなきゃ
焦るばかりで言葉が見つからない
どうにか精一杯搾り出した言葉は、たったの三文字だった
青
“ばいばい”じゃなくて、それに繋がる確かな言葉がほしくて
“またね”って、“また会えるよ”って、言ってほしい
安心させてほしい
おじいちゃんがいなくなったときの、あの、体の半分以上が欠落したような
あんな沈痛な思いをするのはもう嫌だ
桃
桃くんは、消え入りそうな声で言った
その表情は、今にも崩れてしまいそうだった
“またね”でも、“ばいばい”でもない、曖昧な返事
それだけを残して、桃くんは去っていった
____段々と遠くなる影。僕は、ただ呆然とするばかりで、
桃くんがなんであんなに悲しそうだったのか、全く分からないでいた
青
黄
ひとり言のように呟くと、黄くんはぶっきらぼうに返事をしてくれた
じわじわと、まるで染みのように広がる不安
それと同時に、どうしようもない虚無感に襲われた
言葉が、ぼろぼろと崩れ落ちていく
青
黄
青
黄
それから、何か考えるかのように僕を見つめて、もう一度口を開いた
黄
青
黄
先生は僕の頭をぐしゃぐしゃにかき回してから去っていった
僕の耳には、もう黄先生の言葉は入ってこなかった
手元に残ったのは、ぐしゃぐしゃになったケーキ
そして、桃くんの台詞だけだった
『ごめん』
その言葉だけで、桃くんが遠くに行ってしまう様な気がした
…ああ、そうか。なんだ。そうだったんだ
この悲しみには、この痛みには、特別な理由があったんだね
やっと分かったよ、桃くん
胸が痛んだこの瞬間、初めてこれが恋だと知った
▷▶︎▷next 2600
コメント
2件
マジで最高すぎます!✨ このお話大好きで続き待ってました!!❤︎
一体どうなっていくんだろう? HappyENDで、終わって欲しい