坂口 水樹
制服のままベッドに寝転がる
坂口 水樹
放課後あいつらに蹴られた 背中と腹が痛い
左目の上の傷跡が嫌で伸ばし続けていた髪も
あいつらの“遊び”として根元から切られた
坂口 水樹
何もしていないのに
普通に生活していただけなのに
坂口 水樹
スマホを取り出して
『自殺 方法』
と入力し、
検索しようとして、やめた
検索をしたら、すぐに自分が 消えてしまいそうな恐怖
死が追いかけてくるようで
いつも検索できない
生きたくないのに、死ぬのが怖い
坂口 水樹
でも
もう生きるのは本当に嫌だった
死ぬのは怖いけど、生きるのは もっと怖いし辛いから
坂口 水樹
坂口 水樹
もともと本好きだった僕は
書店にいる時が一番落ち着いた
自分のままでいられた
坂口 水樹
まだ痛む体を動かし
ゆっくりと外に出た
どんより曇った空
坂口 水樹
急がないと、帰り道で本が 濡れるかもしれない
坂口 水樹
傘持ってないし、と俯いて
いつもの角を曲がった時だった
坂口 水樹
今まで来た時には何もなかった筈の場所に
1つの店ができていた
否、店と言うより図書館のようだ
それほどの風格を漂わせていた
坂口 水樹
窓から中を覗き込むと、大量の本が視界に飛び込んできた
そのどれもが、ガラス越しでも 判る程に
高級感のあるつくりになっていた
坂口 水樹
店名はよく見えない
“OPEN”と書かれたドアプレートが 少し揺れている
坂口 水樹
好奇心と大量の本につられて
ゆっくりと古びたドアを押した
ギィ...
少し音を立ててドアが閉まる
と、同時に
温かくて、どこか懐かしい香りが身を包んだ
坂口 水樹
坂口 水樹
ふかっ
足を一歩踏み出すと、深い茶色の絨毯の感触が伝わる
...やわらかい
アンティーク調の机と椅子が本棚の近くに並べられ
まるで『ここで読んでください』と言っているかのようだった
坂口 水樹
ゆっくりと机に触れると
不思議な感覚に襲われた
坂口 水樹
嬉しいのに悲しいような
温かいのに冷たいような
坂口 水樹
手を離し、本棚を見る事にした
赤、茶色、青、紺、灰色
様々な色の、様々なカバーが
数えきれない程に並んでいる
しかし
坂口 水樹
坂口 水樹
その全てにタイトルは見当たらず 作者名も書かれていなかった
坂口 水樹
疑問に思いつつも、他の棚を見る
坂口 水樹
視線の先には、真っ黒な表紙
そしてそこに銀の文字で
絶望
作者名は水口栄喜とあった
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
他にタイトルが書かれている本は見当たらなかったため
取り敢えずその本を読む事にした
先程の場所まで戻り アンティーク調の椅子に腰かける
どんな内容なのか気になりつつ
ゆっくりとページをめくった
ゆっくりと目を開ける。
女の人の顔が見えた。
ああ、僕は生まれたんだ。
5月8日、僕は生まれた。
名前ももらった。
2人からの最初のプレゼント。
初めての幼稚園だった。
バスの大きさに驚いて
先生の優しさが嬉しかった。
小学校に入った。
僕は初めてお母さんにプレゼント をあげた。
『ありがとう、大切にする』
そう言って、笑ってくれた顔は
いつまでも僕の宝物だ。
道草をして、お父さんに怒られて
ふてくされてしまった事もある。
だけどそれは、僕の身を心配しての事だったのだと
後から知った。
辛いことがあった日。
僕を抱き締めてくれた人がいた。
『あなたは大切なんだよ』と
真剣に言ってくれた人がいた。
体育祭で転んだ時
『最後まで頑張ったな』
って、乱暴に頭を撫でてくれた 父さんがいた
父さんが事故で突然 この世を去った時
『あなたを絶対に幸せにする』
と泣きながら抱き締めてくれた 母さんがいた。
僕が存在する理由はあると
強く、強く感じた。
僕の生きている意味はあるんだ。
だけど今
僕はどうしても耐えきれなくて
消えようとしている。
『苦しい、助けて』って
どんなに叫んでも
誰も手を差し伸べてくれない。
誰も僕を見ていない。
命を絶とうとしても
僕の生きている意味はあると、 どこかで判っているから
死ぬのが怖くて止まってしまう。
だけど思い出さなきゃいけない。
僕は愛されて生まれて
愛されて育てられた。
決して誰かの玩具じゃない。
存在する意味はある。
愛されている。
生きなきゃいけない。
これは絶望なんかじゃない。
そう、心のどこかで判っている。
だから
僕は
文字はそこで終わっていた
次のページをめくっても
そこには何も書かれていない
白紙のページがずっと続いている
判っていた
この本の内容が、 僕の事を表しているって
誕生日も同じ、内容も同じ
全てに心当たりがある
坂口 水樹
坂口 水樹
白紙のページに雫が落ちていく
いくつも、いくつも
それらは落ちる度に軽く跳ね
その透明な中を淡い光で輝かせた
ずっと苦しかった
つらくて堪らなかった
消えたかった
自分の意味がわからなかった
僕は存在していいのかと悩んだ
だけど、なんだよ
僕は、最初からずっと
愛されてきたじゃないか
苦しさに負けて
大切なことを忘れていた
母さん
父さん
僕を支えてくれた人達の温もりが
本から流れ込んで
僕の空っぽだった心を、温かさで満たしていくように感じた
それから僕は、何度も何度も
溢れ続ける涙を拭いながら
“絶望”を読んだ
読む度に温かな気持ちになって
僕は存在していいのだと思えた
僕の周りにはたくさんの人がいて
常にどこかで支えてくれている
決して孤独じゃないのだと
生きる意味を知った
自殺なんてしようと思わない
あいつらに何をされたって
もう負けない
坂口 水樹
そう決意した時だった
坂口 水樹
不思議な質量を持った声が
僕を包んだ
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
ゆっくりと、本のカバーを撫でる
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
ギィ
扉が閉まる直前
“絶望”の表紙の色が白く光り
“希望”へと変わった事を
きっと知ることはないだろう
坂口 水樹
外に出ると、どんよりした雲は どこかに行ってしまったように
鮮やかな夕暮れが、空を 満たしていた
どこか僕の心を表しているようで
少し笑う
キラキラとした夕日が 世界を照らして
水たまりに反射する
それがなんだか、とてつもなく 素晴らしい事のように思えた
坂口 水樹
坂口 水樹
空から降ってくる夕日に
“希望”に似た高鳴りを覚える
坂口 水樹
坂口 水樹
振り返ったが、先程の書店は
影も形も無かった
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
坂口 水樹
小さく呟いて、前に向き直る
一歩足を踏み出した
パシャン、と水たまりの水が跳ね
雨の後の風が走っていく
もう後ろは振り返らない
雨が止み、傘を閉じた人々の中を
温かで懐かしい、 あの香りが通り抜けて
ゆっくりと僕を包んだ
10年後
坂口 水樹(水口 栄喜)
編集者
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坂口 水樹(水口 栄喜)
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坂口 水樹(水口 栄喜)
ゆっくりと空を見る
あれから僕は猛勉強し
志望校のレベルを上げて
見事合格した
そして部活では小説を書きまくり
高校3年生の秋
気まぐれに参加したコンテストで
偶然にも最優秀書を取る事ができ
見事、20歳の時に作家として デビューを果たした
ペンネームがあの時、アナグラムだと気が付いて
それにしたのは内緒の話だ
もちろんあれから、あの不思議な書店には出逢っていない
絶望しない限り出逢う事は無いし
僕はもう絶望しない
これからの人生が
なんだか光っている気がして
坂口 水樹(水口 栄喜)
流れていく雲を見ながら
つい、顔をほころばせた
コメント
7件
こちらの物語はTKDグランプリ【ファンタジー部門】の最優秀賞作品となります。
これはね〜… 伸びると思います。 凄い… 好きですこういうの!