テラーノベルの小説コンテスト第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで

一覧ページ

◉

第1話 - ◉

2024年09月30日

#ちょいホラー

ゆきうさぎ

僕

それは、小さな黒い点だった

僕

いつも通り目が覚めて顔を洗って

僕

鏡を見た時気付いた

◉

僕

始めは鏡の汚れかと思った

僕

指先で拭ってもそれは消えなかった

僕

自分の周りを見回してみる

僕

特に何もない

僕

でも確かに鏡には黒い点が映っていて、

僕

僕の左肩のすぐ横あたりでじっとしていた

僕

それがあるあたりを手で払ってみる

僕

それは少しの間だけ消えて、

僕

また同じように鏡に映った

僕

少し不思議に思ったけれど、

僕

夜型人間の僕の朝に余裕はない

僕

鏡の前から離れて大学へ行けるだけの最低限の身支度を済ませる

僕

鞄に必要なものを詰める

僕

玄関先で靴をつっかけ、

僕

「いってきます」

僕

小さく呟く

僕

聞いてくれる相手はいないのだけど

僕

それは必要なことのような気がした

僕

大学へ向かう電車の車内

僕

つり革に掴まって、座っている人の頭越しに窓の外を眺める

僕

やっぱりそれが見えた

◉

僕

窓ガラスに黒い点が映っていた

僕

鏡で見たのと同じ位置

僕

緑内障というやつだろうか

僕

緑内障は眼の病気で、進行すると視野が狭まっていくと聞いたことがある気がする

僕

視野が欠けて黒く見えているのだろうか

僕

にしては状況が限定されすぎている

僕

奇妙だとは感じつつも何故か嫌な感じはしなかったので

僕

僕は窓の外の景色に焦点を合わせ直して電車に揺られ続けた

僕

電車が僕の降りる駅に着く

僕

出口に向かって歩きながら窓ガラスを見やると

◉

僕

それは僕と一緒に移動していた

僕

付いてきている

僕

なんだか可愛らしく思った

僕

何故か既視感すら感じた

僕

大学に着き講義室に入る

僕

騒がしい室内を突っ切り1番先頭の列まで歩く

僕

空いていた窓際の席に腰を下ろす

僕

鞄を隣の椅子に置くと硬質な音が小さく鳴った

僕

席について間もなく教授が講義室に入ってきて、講義が始まる

僕

数分経って退屈になって、手元のスマホに視線を落とす

◉

僕

黒いスマホの画面

僕

少し見づらいけれども、

僕

下からのアングルの僕の顔と一緒に

僕

それは映っていた

僕

広い講義室

僕

たくさんの学生

僕

僕は集団行動が苦手だ

僕

無理して群れようとも思っていない

僕

だけど少しだけ疎外感を感じることはあった

◉

僕

見守られているような気がした

僕

正体不明のそれに何故か安心感さえ覚えた

僕

もう味わえないと思っていた感覚だった

僕

講義を終えて帰路につく

僕

通い慣れた道を歩いて家へ向かう

僕

T字路に差し掛かった時、僕は少し歩くスピードを緩めた

僕

斜め上を見上げる

僕

夕焼けのオレンジ色を反射したカーブミラーの中

僕

もはや見慣れたそれが見えた

◉

僕

今日1日ですっかり生活に馴染んでいる

僕

まるで慣れ親しんだ間柄であるように

僕

僕は前を向き直して歩く速さを元に戻した

僕

不愉快なほどにうるさくカラスが鳴いている

僕

それでも僕はひどく穏やかな気分だった

僕

家に帰り着き、夕食のコンビニ弁当を食べる

僕

料理はすっかりしなくなった

僕

当分包丁は使えない

僕

味気ない食事を終え、シャワーを浴びに浴室へ向かう

僕

洗面台の前に立った時

◉

・・・り

僕

声がした

僕

確かに聞こえた

僕

僕が動かずにいると

◉

おかえり

僕

ずっと聞きたかった声だった

僕

鏡の中、相変わらず僕のすぐ横には黒い点が映っていた

僕

「やっぱり君だったんだね」

僕

僕は振り向いた

僕

彼女がいた

僕

数日前、手放さざるを得なかった

僕

僕の大好きな彼女が立っていた

僕

ほんの少しだけ見慣れた見た目とは変わってしまっていたけれど

僕

彼女には変わりなかった

僕

「ただいま、会いたかったよ」

僕

僕は右目のない彼女を優しく抱きしめた

僕

僕には彼女がいた

僕

見た目も内面も大人しくて

僕

とても可愛い女の子だった

僕

僕にとって初めての彼女だった

僕

本当に大切な人だった

僕

最近になって同棲も始めた

僕

朝が弱い僕を彼女が起こしてくれて、

僕

講義の時間に合わせて一緒に家を出て、

僕

並んで講義を受けた

僕

帰り道も、家に帰り着いても、

僕

いつも大好きな彼女が傍にいた

僕

本当に幸せだった

僕

あの日までは

彼女

おはよう、出かけるの？

僕

珍しく早起きして出かけようとする僕に、起きたばかりの彼女が言った

僕

「うん、ちょっとね」

僕

この翌日は僕らの記念日だった

僕

プレゼントを用意して、彼女を喜ばせたかった

彼女

いつ頃帰ってくるの？

僕

「うーん、ちょっと遅くなるかも、ごめんね」

僕

サプライズなのでバレるわけにはいかないと、

僕

落ち着きのないまま、そそくさと僕は玄関に向かった

彼女

そっか、いってらっしゃい、気をつけてね

僕

サプライズのことで頭がいっぱいだった僕は

僕

いってきますの返事もそこそこに家を出た

僕

もっと一瞬一瞬、彼女としっかり向き合っておけばよかった

僕

帰る頃には日が暮れていた

僕

朝からずっと彼女に似合うものを探し続けたけれど、なかなか納得のいくものが見つからず、

僕

何件も店をハシゴした

僕

その結果、

僕

王道ではあるが、ペアリングと上品なデザインのネックレスを買った

僕

本当は花束なんかも用意したかったのだけれど、

僕

同棲しているため隠し場所が多くないと断念した

僕

別の機会にでも改めて贈ろう

僕

この時の僕を殴り飛ばしたい

僕

別の機会なんてものは訪れないと

僕

当たり前にこの先の未来も傍にいられるなんて、

僕

過信すべきじゃなかった

僕

家に帰り着く

僕

ドアの前に立つと、

僕

中から彼女の声が聞こえた

僕

話し声なんかじゃない

僕

聞いたことのない声をあげていた

僕

僕はすぐにドアを開け、彼女の名前を叫んだ

僕

短い廊下の奥、寝室に使っている部屋から男が走り出てきた

僕

男はいたって普通の格好をしていたが

僕

足元は土足だった

僕

男はまだ玄関に立っていた僕を押しのけて外へ出て行った

僕

一瞬追いかけるべきか迷ったが

僕

彼女に会う方が先だと思った僕は男が出てきた寝室へ向かった

僕

寝室のベッドの上に

僕

彼女が横たわっていた

僕

白いシーツは真っ赤で

僕

彼女自身も真っ赤で

僕

胸には包丁が突き立てられていた

僕

鏡の中の黒い点は彼女の目だった

僕

いつも僕の左側を歩いていて

僕

周りに馴染めない僕を優しく見守ってくれていた

僕

大好きな彼女の目だった

僕

「見守っていてくれてありがとう」

僕

腕の中の彼女は少し困ったように笑った

僕

抱きしめている感覚はない

僕

でもそこに存在しているという事実だけで十分だった

僕

「遠くに置いてきちゃってごめんね」

僕

彼女は少し寂しがりやだった

僕

ひとりで遠くに残されて心細かっただろう

僕

他に何を捨てても守りたいと思える人だった

僕

次に捨てるものは

僕

もう決まっていた

アナウンサー

今朝のニュースです

アナウンサー

昨夜、アパートから男性が飛び降りたと110番通報がありました

アナウンサー

通報を受けた警察と救急が現場に向かいましたが、その場で死亡が確認されました

アナウンサー

この男性は近隣の大学に通う大学生であるとみられています

アナウンサー

また男性の部屋からは血のついた包丁が見つかっており、

アナウンサー

調査の結果、先日殺害された男性のものであることが発覚しました

アナウンサー

他にも部屋にあったカバンの中からは瓶詰めの眼球とみられるものが見つかっており、

アナウンサー

警察は他の事件との関連を調べていく方針です

この作品はいかがでしたか？

0件

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう！

ゆきうさぎ

プロフィール

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい！がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

◉

第1話 - ◉

作者の他の作品すべて見る

#ちょいホラーの新着小説
一覧

関連するタグ

◉

第1話 - ◉

作者の他の作品すべて見る

#ちょいホラーの新着小説一覧

関連するタグ

#ちょいホラーの新着小説
一覧