閉店後のカフェは
いつもより静かだった
椅子に腰を下ろして
片付けの手を止めると、ふと
那月の言葉が反芻される
〇〇
その言葉を真正面から受け止めきれずに
○○は胸の当たりを押えた
どうして気づかなかったんだろ
どうして
止められなかったんだろ...
思い返すほどに胸の奥がぎゅっと痛む
そして気づけば、頬を一筋
涙が伝っていた
〇〇
〇〇
声に出すと余計に涙が止まらなくなる
那月への申し訳なさ
悲しさ
そして自分の弱さ
全部がじわじわ溢れ出していた
ひと呼吸おき○○はテーブルを拭き始めた
その時
カラン...とカフェのドアが控えめに開いた
薄暗い店内に国見の姿が現れる
〇〇
○○の方をじっと見て
国見は止まった
○○は慌てて涙を拭うが
全然誤魔化せていない
国見は一瞬驚いたように瞬きをして
すぐ表情を柔らかくした
国見
国見
以前、道で倒れかけたことを思い出した様で
国見はそう○○に聞いた
〇〇
涙声を誤魔化そうとすると
国見は少しだけ距離を縮めた
国見
国見
その言葉に○○の胸がじんと熱くなる
気まずさを払うように
○○は無理に笑ってみせた
〇〇
〇〇
〇〇
○○は突発的にそういった
国見
国見
国見
国見は思わず笑ってくれた
その穏やかさに
○○も少しだけ心が楽になった
そこから2人はほんの少しだけ
店のことや、天気のこと
他愛もない話をした
国見はいつもより少し話を聞く姿勢が
優しかった
柔らかい気持ちに包まれたその瞬間
〇〇
〇〇
〇〇
その言葉は本当に偶然こぼれたみたいで
言った本人が1番驚いていた
国見はしばらく黙ったまま
テーブルの上に置かれた○○の手を1度見て
それからそっと目を伏せた
静かに
でも距離を置くかのように
国見
国見
○○は一瞬
言葉の意味が分からなくて
瞬きをした
国見は続けた
国見
国見
国見
国見
優しいようで
残酷な程に正確な言葉だった
国見
国見
そう締めくくる声は
拒絶なのに
どうしようもなく温度があった
○○は上手く言葉が出なかった
ただ
唇をかんで俯いた
〇〇
それしか言えなかった
国見は立ち上がる
けれど背を向ける時に1度だけ
小さく息をするように言った
国見
国見
国見
その「困る」は
同情か
優しさか
それとも別のなにかか
○○には分からなかった
国見はそれ以上何も言わず
静かにカフェを去った
ドアベルの音がやけに寂しく響いた
店を出た国見は
夜風を吸い込むように深く息をついた
国見
消えるような声だった
商店街の街灯が落とす影の中
国見は目を閉じた
胸の奥が軋むように痛む
けれどその感情を認めるように
眉一つ動かさず
ただ淡々と歩き始めた
土曜日の午前
雲ひとつない冬晴れだったが
○○の胸は
まだ曇ったままだった
那月とも国見さんとも
会ってない1ヶ月
カフェの仕事は相変わらず忙しく
手を動かしている間だけは
余計なことを考えずに済んだ
今日はお母さんの引越しの手伝い
「1人で住むには広いし、駅チカの方が便利だから」 と言っていた
あれ以来、国見の名前は一度も出していない
昼前
○○は実家のドアを開けた
どこかのんびりした洗剤の香りと
住み慣れた空間がまだ残っている
お母さん
お母さん
お母さん
お母さんはいつもの笑顔だったけれど
どこか落ち着かない様子でダンボールを運んでいた
〇〇
お母さん
お母さん
〇〇
〇〇
○○は靴を脱ぎ
ダンボールをいくつか持った
2人は分担して片付けを始める
○○はお父さんの書斎を片付け始めた
読書が好きだった父は
たくさんの本を持っていた
〇〇
〇〇
○○はゆっくり言った
紙の匂いと
冬の光が差し込む静かな部屋
棚や引き出しの奥には
家族写真や子供の頃の作品がそのままになっていた
〇〇
古い本棚の下段を引き出した時だった
━━━ ひらり。
一枚の写真が床へ落ちた
〇〇
○○は拾い上げ
ホコリをはたいた
その瞬間
呼吸が止まった
写真に写っていた少年
少し照れたように笑う顔
輪郭
目元
手の形
あの日何度も見た
あの人の面影がそこにそのまま残っていた
胸の奥がざわつく
混乱ではない
確信だった
〇〇
○○が振り向くと
母は気まずそうに立ち竦んだ
写真を握る○○の手が震えてるのを見て
母は慌てて駆け寄った
お母さん
お母さん
母の声は震えていた
〇〇
〇〇
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
母は泣き崩れた
○○はしばらくその涙を見つめたあと
静かに「ありがとう」と言った
責める気持ちではなかった
ただ胸の奥で
ひとつの答えが形になる音だけがしていた
○○はスマホを持って立ち上がった
お母さん
母は泣きながら○○を止めた
お母さん
お母さん
そういった母は私の顔を見つめた
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
○○は目を瞑った
〇〇
〇〇
その目に揺るぎはなかった
それに気づいた母は
掴む手を弛めた
お母さん
お母さん
お母さん
母は諦めたように下を向いた
〇〇
長年散らばっていたピースが
今
一つになった
隼人=国見
ずっと探していた答えが
やっと繋がった
那月の家へ向かうため
○○はタクシーに乗り込んだ
夜の街は
ビルのあかりが滲んで溢れている
静かなエンジンの振動に身を預けていると
さっきまで必死だった心が
不意にふっと緩んだ
その瞬間だった
風の音
後ろから回された腕
「大丈夫、俺がいるから」という声
反対車線に揺れる大きなライト
何かが弾けたように映像が一気に流れ込む
視界が白くなり
衝撃と悲鳴が混ざったあの日の音が蘇る
私...国見さんと
シートの上で○○は顔を覆った
呼吸が浅くなる
でも逃げずにその記憶を受け止めようとする
思い出すと同時に母の言葉が重なっていく
お母さん
お母さん
お母さん
母の震える声
さっき聞いたばかりの、あの事実
眠る〇〇の横で英は
毎日のように病院に来て
○○の手を握っていたこと
事故の原因は英のせいでは無い
トラックの居眠り運転だった
むしろ英は
○○を庇おうとして大怪我をした
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
お母さん
母はそう続けた
そして
○○が目を覚ました時
記憶が抜け落ちていた
1部、欠けているだけだった
でも、英の記憶が中途半端に戻ったら
戻ってしまったら...
愛していた人の面影に苦しむ未来が
来てしまうかもしれない
それが怖かったと母は言った
お母さん
お母さん
お母さん
再びタクシーのガラスに
街の光が流れる
○○は胸の奥をぎゅっと掴む
更に母の告白は続いていた
英の私物が部屋にあると
いずれ思い出すかもしれない
だから全て処分した
写真も、匂いも、二人で買ったものも
そして万が一
○○が記憶の穴を埋めようとした時のために
架空の「彼氏」の存在を作り上げた
その相手は事故で亡くなった
という設定で
部屋にあった男物は
そのための小道具だった
その時母が捨て忘れたのは
マグカップだった...と
今も使っているあのマグカップは
英との思い出のものだった
「ごめんなさい」
母の言葉が夜の中で息をしているように蘇る
これが私の人生の全てだった
○○は静かに涙を流した
外の光が揺れて
思い出したものを全て胸にしまった
〇〇
タクシーが止まる音で我に返る
ドアが開き
冷たい夜風が一気に流れ込む
○○は涙のあとを拭う
那月にちゃんと話さないと
そして
英に会わないと
震える足で
玄関のインターホンを鳴らした
インターホンを鳴らして数秒
足音が近づき、ドアがゆっくり開いた
那月
その瞬間
那月の視線が○○の手元に吸い寄せられた
握りしめていたのは国見と○○
かつての2人の写真だった
写真の端は湿っていて
握りしめた指が白くなっている
○○の目は赤く
涙のあとが頬に残っていた
那月は何も聞く前から理解した
まるごと
全部
那月
那月
その声は震えていなかったが
奥の方で
何かが静かに崩れるような音がした
○○は唇を噛んで
ゆっくり頷く
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
那月は1度目を伏せた
痛みを飲み込むように深く息を吸った
那月
短い答えだった
でもそこには
何年分もの感情が詰まっているようだった
那月
○○は頭を振った
〇〇
○○は写真を胸に抱え
続けた
〇〇
その言葉に那月は一瞬目を開いた
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
那月は少しだけ笑った
那月
那月
〇〇
〇〇
〇〇
那月の指先がピクっと動いた
那月
那月
○○は手に力を入れた
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
〇〇
那月は短く息を飲んだ
那月
那月
〇〇
那月
那月
那月
那月
那月
目は少し赤かった
でも涙は見せない
那月
那月
那月
それはきっと那月の優しさだった
那月
那月
那月
那月
那月
〇〇
那月
那月
彼は軽く背中を押した
那月
那月はいつもの煽り口調に戻った
〇〇
那月
○○は涙で揺れる視界の中
那月に深く頭を下げた
那月
那月
那月
そう言いながら那月はドアを閉めた
ドアが閉まる瞬間
ギリギリ聞こえる声で
「頑張れよ」
と那月は言った
郵便局はとうに閉まっていた
息を切らしながら駆け寄ると
裏口のドアが開き
女性職員が出てくるところだった
〇〇
〇〇
〇〇
女性は驚きながら答えた
銀行員
銀行員
〇〇
銀行員
その一言で○○は再び走り出す
夜の街は人陰がまばらで
ビルのあかりがぼんやり揺れている
信号で立ち止まる度
胸が痛いほどに脈打ち
呼吸が追いつかない
会わなきゃ...
話さなきゃ
あの日から止まっていたもの全て
心の中で名前を呼びながら
ただ走った
郵便局の前から全速力で走った○○の息は
限界を迎えていた
角を曲がった先
英はコンビニの袋を下げて歩いていた
〇〇
呼吸が荒いまま
○○は英の手を掴んだ
英は驚いて振り返る
国見
声は低く
戸惑いの色がはっきり出ている
“なぜここに”という感情を隠しきれていない。
○○は胸が痛いほどに高鳴り 涙が堰を切ったようにあふれた。
〇〇
その名前を口にした瞬間
国見の表情が、音を立てて変わった気がした。
目が見開かれ、息が一瞬止まったような。
あの頃の、深くて鋭いまなざしに戻る。
国見
国見の声は震えていた
〇〇
声が掠れていた
〇〇
〇〇
〇〇
国見は視線を逸らし、顔を歪めた。
悔しいような、苦しいような、 言葉にならない何かを飲み込んでいる。
国見
低く、震えている
国見
国見
○○は泣きながら頭を振った
〇〇
○○は過去のことを思い出す
〇〇
〇〇
〇〇
○○は反対側の道にある
自分のカフェを見つめた
〇〇
〇〇
英はグッと涙をこらえた
国見
少し笑ってそう言った
一度、深呼吸する
どうにか落ち着こうとして
でも声はまだ少し揺れていた。
国見
国見
○○は頷いた
〇〇
国見
国見
〇〇
国見
○○と英は笑った
国見
国見
静かで短い言葉
でも英らしい
全てが詰まった言葉だった
〇〇
○○は頷き
英の手を握り返した
夜風が吹き抜ける中
2人は並んで歩き始めた
END
コメント
5件
最っ高でした🥹💞 国見ちゃんが影でずっと支えてくれてたの良すぎます🫶🏻
まじですかぁぁぁぁ?!泣きましたよ号泣ですよ!なぁるほどぉ。 貴方の作品これの他に1つ見てますがどっちも涙腺崩壊で大好きです!