…く……ん!、……
……く……、………!
紅羽
紅羽
どこか遠くで。
でも、温かい体温がそばにあって、
優しく、俺に寄り添っている。
紅羽
紅羽
紅羽
母さん
母さんは、優しく俺を抱きしめると、
まだ5歳の俺の頬に、愛しげに、優しく頬ずりする。
母さん
母さん
母さん
母さん
俺は、まだつたない言葉で、精一杯話す。
父さんから買ってもらった、最新の携帯ゲーム機。
ピンクのキャラクターになって、たくさんたくさんご飯を食べる。
そうして敵を倒して、最後にお姫様を助けに行くのだ。
お姫様はかわいくて、母さんみたいだった。
母さん
母さん
母さん
母さん
刹那、両手をすり抜ける虚無感。
母さんは俺を離すと、
いつもすぐどこかへ消えてしまう。
本当はまだ、話したいことがあったのに。
本当はまだ、抱きしめていてほしかったのに。
でも、母さんはいつも仕事で忙しいから。
次にまた抱きしめてくれたときのために、
いっぱいゲームをして、今度はもっとたくさん話をするのだ。
上手ね、と褒めてもらうんだ。
でも、俺は知っている。
そんな日はもう来ないと。
母親は、おとなしくゲームをしている息子が
自分に都合よくおとなしくしていて満足していただけだ。
息子の興味の対象がゲームだろうとテレビだろうと、
たぶん、何でもよかった。
気がつけば、母親は家に帰ってこなくなって
俺は、ゲームばかりするようになった。
母親にどんな話をしようかと考えていたのに、
いつしか、部屋に籠もって一人の世界に閉じこもるようになった。
父親は育児に興味がなく、
学校も行かずに夜な夜なゲームばかりする息子を放置した。
そんなとき、ネットのゲーム仲間の勧めで興味本位でやった配信は
俺に、新しい世界の扉を開かせた。
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噂が噂をよんで、視聴者はあっという間に数千人規模になった。
みんなが、俺を見て、
みんなが、俺に話しかけて、
みんなが、俺を褒め、好きだと言ってくれた。
紅羽
紅羽
リスナーは急に消えたりしない。
ゲームの腕がうまければ、いつもちゃんと褒めてくれた。
大好きだと、声を上げてくれた。
俺は、その声が嬉しくて、期待に応えたくて、
毎日、毎晩、寝る間も惜しんで配信を続けた。
転機が訪れたのは、ある日の一通のメールだった。
紅羽
当時まだなじみの少なかったバーチャルモデルを使用した配信形態のスカウトメールだった。
どうせ、学もない、夢もない。
それならば、と思い、二つ返事で了承をした。
そこからはトントン拍子だった。
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有名になればなるほど、俺は満たされていって、
俺の承認欲求はだんだんと薄れていった。
奏という最高の相棒とも出会って、
いつしか俺は、孤独じゃなくなった。
でも、
そうして、最後に残ったのは、ひとつ。
紅羽
ほんの少しの、子供心。
まだ成仏できていない5歳の久遠。
同時接続が3万人もいれば、その中のひとりに、母親がいたって。
きっと、おかしくないはずだ。
………。
…分かっている。
母親は自分に都合のいい息子が好ましかっただけで、
決して、ゲームが好きだったわけではない。
それでも。
母さん
どこかで、あなたが見てくれていたら。
???
???
???
すみれ
すみれ
紅羽さんは、部屋で倒れていた。
紅羽さんのマンションに着いた私は、1階のコンシェルジュに事情を説明をして、
彼は話を受けてすぐ紅羽さんの部屋へ電話を入れてくれた。
が、繋がらず。
事態の緊急性を察して、私と一緒に部屋を見に行ってくれたのだ。
私は急いで紅羽さんを抱きかかえる。
彼の身体は、女の私でも簡単に持ち上げられるぐらい、
驚くほどに、軽かった。
すみれ
コンシェルジュ
すみれ
紅羽さんの顔面はかつて見たことがないほど青白く、
唇は紫を通り越して真っ白だった。
体温も低く、ひどく冷たい。
私は、少しでも彼の体温を下げまいと、
ぎゅっと紅羽さんを抱く腕を強める。
紅羽
すると、ふっと。
一瞬、薄く、紅羽さんの瞳が開いた。
すみれ
紅羽
すみれ
紅羽
何を言ったか聞き返すまもなく、
またすぐに、紅羽さんはすうっと目を閉じる。
私は慌てて、紅羽さんを抱きかかえ直すと、
あたりを見渡して、近くにあった薄い毛布を引っ張り、
紅羽さんの冷え切った体にかけた。
ゴトン!
その時。
毛布に引っ張られて、何か固い物が床に落ちた。
すみれ
それは、写真立てだった。
生活感のない殺風景な紅羽さんの部屋で
そういった思い出の品のようなものを見るのは、
これが初めてだった。
写真の中では、美しい女性がこちらに向かって小さく微笑んでいる。
すみれ
すみれ
すると、突然、あたりがガヤガヤと騒がしくなり、
振り返ると、部屋に入ってくる人の中に
ママの姿を見つけて、私はどっと安堵する。
すみれ
ママ
すみれ
紅羽マネ
すみれ
コンシェルジュ
ママ
救急隊
救急隊
すみれ
それからはあっという間だった。
部屋にたくさんの人が入ってきて、
紅羽さんは担架に乗せられると、応急処置を施され、
すぐに運び出されて、救急車で搬送されていった。
救急車にはマネさんが同乗し、私はママと帰ることになった。
私は、床に転がった写真立てを、そっと持ち上げた。
すみれ
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