よく死ぬ瞬間には時間が何倍にも長く感じるというけど
それは本当のことで
それは現在進行中で体験している 俺が言うんだから間違いない
15階の部屋から突き落とされた俺の落下速度は、階数と比例して どんどん遅くなっているように思えた
あっという間に8階の高さまで落ちたのだが
そこでパラシュートでも開いたかのように感じたのだ
そこから先も速度は遅くなり続け
3階の高さにいたときは
カーテンの隙間から住人が見ているテレビのチャンネルまで確認できたし
2階の高さにいたときには
飛んでいる蜂の足の数まで数えられた
今、俺は地面まであと数センチという高さにいる
蜂の足の数を数えたあと 何度も人生を振り返った
それほどまでに長い時間を体感したのだ
最早、人生に何も未練はなかった
浮気や暴力を繰り返した自分を心底恥じたし
自分を突き落とした妻に対しても感謝の念すら抱いていた
おそらく 死ぬ瞬間に莫大な時間が与えられるのは、その人を悟りの境地に近づけ、成仏させようとする神様の意向ではないだろうか
ありがとう
今まで妬みや嫉妬といった嫌悪の感情ばかりに振り回されて生きてきた俺だったが
アスファルトに触れる瞬間の心の中は、感謝の気持ちのみが溢れていた
ありがとう
相変わらず世界は速度を増すことがない
もはや停止しているように見える 心底美しい世界だと思った
俺
俺
俺
俺
そのとき俺は神様の真の意向を知った
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解説 永遠に等しい時間 死ぬ程の苦痛を味わう