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コメント
1件
続きが楽しみです!
注意 御本人様とは全く関係ありません。 地雷様おかえりくださいませ。 通報御遠慮ください。
連続連載失礼します。
『1組の桃くん。知ってる??』 知らない、と俺は首を横に振った。 少しも興味が無い、 と黄に思わせるために、 俺はそっぽを向いて 『今日、いい天気だね』 なんて白々しいことを言った。 『ごめん、俺、そろそろ部活行かないと。』 『分かった。またあした。』 『またあした~』 黄はにっこり笑って手を振ってくれた…… それに手を振り返し部室へ向かった。 俺は美術部に入った。 美術部は、あまり使われていない 旧館一回の奥にある。 近づくにつれて ひと気がなくなり、 放課後の喧騒も、 野球部のかけ声も、 体育館のボールの音も 遠ざかっていく。 静寂な包まれた旧館に入ると、 いつもふっと肩の力が抜ける感じがした。 学校の中で唯一 気を張らずに素のままの俺でいられる場所だ。 美術部は、4月には10人以上いた部員も どんどん幽霊部員になっていき、 今は俺含め5人でしか活動していない。 俺はいつもの定位置恋席に荷物を置き、 棚においてあった描きかけのキャンバスと 絵の具1式を机の上に持ってきた。 この席を選んでしまう理由は、 すぐ左に窓があって、 外が見えるからだ。 正確には、旧館に隣接したグラウンドがすぐ側にあるから。 ここからなら、 陸上部が練習している場所がはっきり見える。 俺は椅子に座り、キャンバスをたてた。 パレットに絵の具をのせようとしたけれど、 手が止まり、 無意識に窓の外に目を向ける。 数十メートル先に 走っている桃くんの姿が見えた。 どきりと胸が高鳴った。 また見てしまった、 と頭では思ったけれど、 俺の目は言うことを聞いてくれない。 どうしても彼の姿を追ってしまう。 でも、ここなら大丈夫。 黄はいないし、 陸上部の活動場所からもきっとここは 意識されないから、 そっと見ている分には、 大丈夫。 窓の外を気にしながら パレットに絵の具を絞り出していく。 でも、また外を見てしまった。 桃くんが走っていた。 ぼんやりと見ていると 休憩している桃くんがふいにこちらを向いた。 なんとなく目が合ったような気がして、 勝手に心臓が騒ぐ。 目が合うなんて、 そんなはずないのに。 意識しすぎている自分がおかしかった。 彼を見ていると、 どうしても描きたくなってしまう。 俺はスケッチブックを取りだし、 ページをめくった。 桃くんを見ながら、 鉛筆でデッサンする。 大まかな輪郭を描き、 それから影をつけていく。 夢中になって描いていて、 気がつくと陽射しがオレンジ色を 帯びる時間になっていた。 ゆっくりと視線を落とす。 スケッチブックの真っ白なページいっぱいに 鉛筆で描かれた、 綺麗に走る桃くんの姿。 決して手の届かない人。 手を伸ばすことさえ許されない人。 近づくことすらできないから、 俺はこうやって、 彼を描く。 描くことで満たされようとしている。 俺が描いた桃くんは、俺だけのものだから。 俺は消しゴムを手に取った。 たった今描きたばかりの彼を 丁寧に消していく。 たとえ絵だとしても、彼を自分の手元に置くことはできない。 もしも黄に見られたら。 この思いを知られたら。 考えるだけでも恐ろしい。 俺は絶対に黄に不快な思いをさせたくない。 だから、この思いは封印しなくちゃ。 真っ白になるまで。 この思いが跡形もなく消えるまで。
~~続く~~