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沈んだ想いを

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沈んだ想いを

1 - 沈んだ想いを

♥

1,010

2019年10月14日

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ユウヤ

いやー、楽しかったね

カスミ

うん

カスミ

ドライブデートも
なかなか悪くないね

大学の長期休みが 終盤に近付いているのにも関わらず

何も予定を立てていなかった俺達は

ふとした思いつきから

海へと車を走らせた

家を出たのは昼過ぎで

海に着いたのは 15時と少しだったから

2人でぼけっと海を眺めていたり

その周辺をぶらぶらと ドライブしているだけでも

日はすぐに沈み始めた

カスミ

もう暗くなっちゃったね

ユウヤ

時間経つの早いよなぁ

カスミ

…ほんとにね

カスミ

あ、

カスミ

そこ左ね?

ユウヤ

さんきゅー

帰り道の車内

少しちゃっちい 激安のレンタカーを借りた

ケチったせいで カーナビが付いていないから

助手席に座る彼女が 口頭でルートを教えてくれて

俺はそれに従って車を運転していた

ユウヤ

今日は何が一番楽しかった?

カスミ

全部

ユウヤ

全部って笑

ユウヤ

嬉しいけど、
なんかピンと来ないよ笑

カスミ

ほんとだよ?

カスミ

全部楽しかった

ユウヤ

そう?

ユウヤ

まぁ…それに越したことは
ないんだけどさ

カスミ

うん

ユウヤ

ユウヤ

(今日のカスミなんか変…?)

カスミ

赤信号だよ

ユウヤ

おっと…!

軽く急停止すると

フロントガラスから射し込む 真っ赤な信号のライトが

彼女の顔をほんのりと照らす

いつ見ても

見惚れるほど綺麗だけど

冷たい視線で道の先をぐっ…と見つめ

ガラスの様な印象を受ける その横顔は

どこか寂しそうに感じた

ユウヤ

…どうした?

カスミ

え?

ユウヤ

なんか落ち込んでない?

カスミ

あぁ

カスミ

そんなこと…ないよ

ユウヤ

本当?

カスミ

カスミ

ほら、青になった

ユウヤ

あ…、うん

ユウヤ

(その言い方、
絶対なんかあるじゃん…)

それから1時間

彼女に従って車を進め続けた

辺りはすっかり暗くなって

車の白いヘッドライトが、心細くも

山道を少しずつ照らしてくれる

ユウヤ

本当にこっち?

カスミ

うん

ユウヤ

来た時こんな道通ったっけ?

ユウヤ

完全に山じゃない…?

カスミ

ううん、通ってない

カスミ

近道なの

ユウヤ

明るい道の方が良くない?

ユウヤ

引き返そうか?

カスミ

大丈夫

カスミ

大丈夫だから…

ユウヤ

わ、分かったよ…

ユウヤ

ユウヤ

なぁ、カスミ…

ユウヤ

やっぱなんかあったろ?

カスミ

…ないよ

ユウヤ

嘘だよ

ユウヤ

めっちゃ元気ないもん

カスミ

カスミ

…寂しいの

ユウヤ

え?

カスミ

暗くて

カスミ

冷たくて

カスミ

寂しい…

ユウヤ

あ…その…

ユウヤ

お…

ユウヤ

…俺がいるって笑

ユウヤ

(なんて言ってみたけど…)

ユウヤ

(我ながら
気持ちが悪いな…笑)

カスミ

そう…だね

カスミ

そうだよね…

ハンドルを握る俺の左手を

彼女の指がそっと触れた

ユウヤ

冷たっ…!

まるで氷が浸かっていた冷水を

一点に当てられたような感覚

思わず手を除けてしまって

ハンドルのバランスが崩れると

車がゆさゆさと左右に揺れ動いた

ユウヤ

どうしたんだよその手?!

カスミ

冷たい…でしょ

カスミ

ずっとこうなの

ユウヤ

…ず

ユウヤ

ずっと…?

カスミ

そこ、右の道…

カスミ

ふふっ…

ユウヤ

(なんだカスミの…
この雰囲気…)

カスミ

ふふふふっ…

ユウヤ

(やっぱりおかしい)

変と分かっていながら

彼女のルートに従ってしまう

無意識に

この道じゃないといけないような

そんな気がしてしまうからだろうか

ユウヤ

うわ…!

ユウヤ

先がほとんど見えね…!

ユウヤ

なぁ、やっぱり戻ろう…?

カスミ

も…すぐ…

ユウヤ

カスミ

もうすぐ…

カスミ

だから

カスミ

ほらっ…

彼女が右手で前を指さす

車の150メートル先くらいには

錆に錆びまくった古い看板が

ユウヤ

なんだ…?

看板の小さい文字が見えるまで

速度を少し落として徐行する

ユウヤ

コノ先…

ユウヤ

ハクセツ…村?

ユウヤ

なんだそれ

カスミ

行こ

ユウヤ

この村に?

カスミ

うん

ユウヤ

…っ

この時の俺は

たぶんどうかしてたんだ

こんな状況で

好奇心に駆られてしまうなんて

〝いつも〟とは違う彼女を横に乗せて

先へ進もうと考えてしまうなんて

ユウヤ

なんか霧っぽい…

ユウヤ

ライトが乱反射しちゃうな

カスミ

そこ右ね…?

ユウヤ

うん…

ユウヤ

ユウヤ

…?

ユウヤ

こっちは…

ユウヤ

ダム?

雲から漏れた月明かりが

広大な貯水池と コンクリートの大きな壁面を照らす

こんな大きなものがあるのに

この霧と暗さで

面前に来るまで 全く気が付かなかった

ユウヤ

うおぉ…!

ユウヤ

ここ凄いな!

ユウヤ

なぁカスミ?

カスミ

ユウヤ

ん…?

隣は空席

彼女がいない

ユウヤ

カスミ!?

ユウヤ

どこだカスミっ!!

車を飛び出し

スマホのライトを付けて

貯水池の畔に向かって走った

ユウヤ

はぁはぁ…!!

今日のカスミを見ていると

ユウヤ

まさか自殺とかじゃ
ないよな…?!

ユウヤ

カスミっ!!!

そんなことまで思い浮かんでしまう

カスミ

ユウヤ

カスミ

こっち

ユウヤ

あーもう…

ユウヤ

心配させるなよ…

彼女がいたのは

2人掛けの 畔にあるベンチ

その正面には落下防止の 網掛けフェンスがあったけど

月明かりを綺麗に映す貯水池が 一望出来た

彼女は、 膝元に優しく手を添えるようにして

静かに湖を眺め、座っていた

ユウヤ

どうしたんだよ、いきなり

カスミ

何が?

ユウヤ

何がって

ユウヤ

村に行くんだろ?

カスミ

うん

ユウヤ

それなら
早く行こう

ユウヤ

暗いし、
あまり長居も出来ないよ

カスミ

…もういるよ

ユウヤ

え?

カスミ

ここが

カスミ

ハクセツ村

ユウヤ

どこだよ?

ユウヤ

村なんて…

ユウヤ

…あ

カスミ

そう‥

カスミ

水の中

彼女は俺に視線も合わせず 水面を見ていた

ぬるい夜風がすぅ…っと通ると

彼女の長い黒髪が 左へ綺麗になびいていく

ユウヤ

ユウヤ

横、座るよ?

カスミ

うん

ユウヤ

どうしてここに?

カスミ

カスミ

故郷なの

ユウヤ

カスミ

ダムの建設計画で
沈んじゃったんだけど

カスミ

冬になるとね

カスミ

雪が積もって
とても綺麗で

カスミ

雪化粧って言葉が
よく似合うって言われたから

カスミ

ハクセツ村

カスミ

白雪村

ユウヤ

あぁ、なるほど…

ユウヤ

でもここが

ユウヤ

カスミの故郷だなんて
知らなかった

ユウヤ

だってカスミって​

ユウヤ

ユウヤ

カスミって…

どこで

出会ったんだっけ

ユウヤ

え…なんでだ…

ユウヤ

ボケたのか…?笑

いつから、どれくらい付き合って

何が好きで、何が嫌いで

どんな性格で…

そんなことすら

思い出せない

いや、そもそも

〝そんな記憶自体がないんだ〟

ユウヤ

はぁはぁ…

ユウヤ

頭が…

ユウヤ

痛いっ…

カスミ

あーあ‥

カスミ

…気付いちゃった?

ユウヤ

カスミっ…?

カスミ

気付かなきゃ

カスミ

良かったのに

ユウヤ

え‥?

カスミ

私との記憶が

カスミ

ないんでしょ…?

カスミ

だってそうだよ

カスミ

私が

『そう思い込ませたんだから』

ユウヤ

何言ってんだよ…

ユウヤ

そんなこと出来るわけ…

そうは言いつつも、俺は

気持ちが悪いほど この状況を飲み込んでいた

カスミとの、 空っぽの記憶が

実際に俺の頭にあったから

ユウヤ

なんで…

カスミ

あなたをここまで
連れてくるため

カスミ

あなたをここで殺すため

カスミ

死んだあなたと
一緒になるため

ユウヤ

カスミ

ずっと独りなの

カスミ

この湖の中で

カスミ

ずっと独り…

カスミ

暗くて

カスミ

冷たくて

カスミ

寂しい

ユウヤ

…あ

あの時の言葉

カスミ

カスミ

…口減らし、って言うのかな

カスミ

産まれた時からずっと

カスミ

足が

カスミ

動かないの

ユウヤ

!!

彼女の膝から下が

無かった

足という支えをなくした カスミの白いスカートが

虚しくパタパタとはためいている

カスミ

両親は…
邪魔だったんじゃないかな

カスミ

私のこと

カスミ

私を残して退去するなんて

カスミ

それしか思い付かないよね

カスミ

自分の子すら
見殺しに出来るなんて

カスミ

おかしいよね…

カスミ

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい…

カスミ

悔しい…

ユウヤ

カスミ…

カスミ

だからここで死んでさ

カスミ

私と一緒に来てよ

カスミ

一緒に…

彼女のひんやりとした冷たい手が

首元にのびてくると

気管が潰れそうになるほどの 強い力で

じわじわと、ゆっくりと、

俺の喉を絞めた

ユウヤ

うぐっ…

カスミ

すぐ…楽になるから

ユウヤ

ぐっ…あがっ…

カスミ

もう少し…

カスミ

もう…少し…

ドライブ

そんなに悪くなかった

ユウヤ

がずみっ…

彼も

いい人だった

カスミ

止まれ…

カスミ

止まれ止まれ止まれっ…

彼の潰れた呻き声を聞く度に

ありもしないはずの心臓が

ズキズキと酷く痛んだ

カスミ

カスミ

…死んで

カスミ

一緒にっ…

ユウヤ

が…すみ…

カスミ

くっ…

カスミ

うぐっ…

カスミ

うううぅっ…

結局

成りきれない

ユウヤ

あっつ…

ユウヤ

うわ、朝かよ…

中途半端に開いたカーテンから

刺すような朝日が入ってくる

飲み過ぎたのかは 知らないけど

部屋着でもない服で寝ていたし

身体もベタついて 気持ちが悪かった

ユウヤ

昨日誰と飲んだんだっけ…

ユウヤ

てか、飲んだんだっけ…

ユウヤ

ユウヤ

…忘れた

ユカリ

じゃあ車借りた覚えないのに
請求書来たの?

ユウヤ

そーなんだよ

ユウヤ

延滞料金払えって

ユカリ

えーそれ怪しくない?笑

ユウヤ

でもアパートの
駐車場に車あったし

ユウヤ

契約書にも俺の字で
名前書いてあったし

ユカリ

こわ!

ユウヤ

イタズラにしちゃ
手が込んでるよな?

ユカリ

実は借りてて

ユカリ

ユウヤがボケてるだけ
じゃないの?笑

ユウヤ

まさか笑

ユウヤ

流石にそれはないわ

ユカリ

でもかなり
ケチってたっぽいじゃん

ユカリ

借りた車

ユウヤ

そうそう

ユウヤ

元値が安いのが
唯一の救いだわ

ユカリ

まぁ

ユカリ

内容がケチケチしてるから
ユウヤが借りたのは確実だよね

ユウヤ

それどういう意味だよ!笑

数日後

ユウヤ

はぁー

ユウヤ

パン飽きた…

溜め息と共に 冷めたトーストを皿に置く

『ご飯ものにすれば良かった』

なんて

そんな小さな怒りをぶつけるように

あまり大差ない朝の情報番組が 自分の興味に引っ掛かるまで

テレビのチャンネルを ポチポチと雑に変え続けた

ユウヤ

殺人

ユウヤ

殺人

ユウヤ

汚職

ユウヤ

不倫

ユウヤ

不倫!

ユウヤ

もう嫌なニュースばっか…

ユウヤ

お天気チャンネルでいいや…

『えぇーそうですね。 関東地方ではまだまだ猛暑日が続くかと』

『そうなんです。 この時期には珍しく​──』

ユウヤ

どおりで暑いわけだよなぁ…

変えたはいいけれど

なんだか見てるだけで暑くなってきて

また情報番組に チャンネルを切り替える

底の見えた ダムの映像が映し出された

ユウヤ

うわっ

ユウヤ

ダムが干上がってる

ユウヤ

どんだけ暑いんだよ…笑

ユウヤ

ユウヤ

ダム…?

『ここ連日の季節外れの 猛暑と雨不足により』

『○✕ダムの貯水率が 過去最低を叩き出しました』

『さらに…』

『この影響で露出した湖底部からは』

『身元不明の女性と見られる遺体が 見つかっており』

『警察は調査を進めて​───』

ユウヤ

ユウヤ

すみ…

ユウヤ

カスミ…

口から自然と

知らないはずの名前が出た

ユウヤ

ユウヤ

誰だよカスミって…

ユウヤ

怖こわこわ!!

ユウヤ

ユウヤ

…あれ?

ユウヤ

なに泣いてんだろ…俺

〝良かったな〟

だなんて

顔すらも思い出せない彼女に対して そう思ってしまう

ユウヤ

あっ…

でも

ただ一つ

水面を見つめて

月明かりに照らされる 彼女の後ろ姿が

とても綺麗だったことを

何故か

思い出したんだ

『沈んだ想いを』

この作品はいかがでしたか?

1,010

コメント

27

ユーザー
ユーザー

やばっ! 参考にさせてもらいます( 'ω')

ユーザー

とても素敵な、お話でした。表現がとても美しくて、カスミに会った気分です。ラストシーンは、ユウヤと一緒に(勝手に💦)ウルウルしていました。 素晴らしい時間をありがとうございます✨✨

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