ユウヤ
カスミ
カスミ
なかなか悪くないね
大学の長期休みが 終盤に近付いているのにも関わらず
何も予定を立てていなかった俺達は
ふとした思いつきから
海へと車を走らせた
家を出たのは昼過ぎで
海に着いたのは 15時と少しだったから
2人でぼけっと海を眺めていたり
その周辺をぶらぶらと ドライブしているだけでも
日はすぐに沈み始めた
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
帰り道の車内
少しちゃっちい 激安のレンタカーを借りた
ケチったせいで カーナビが付いていないから
助手席に座る彼女が 口頭でルートを教えてくれて
俺はそれに従って車を運転していた
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
なんかピンと来ないよ笑
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ないんだけどさ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
軽く急停止すると
フロントガラスから射し込む 真っ赤な信号のライトが
彼女の顔をほんのりと照らす
いつ見ても
見惚れるほど綺麗だけど
冷たい視線で道の先をぐっ…と見つめ
ガラスの様な印象を受ける その横顔は
どこか寂しそうに感じた
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
絶対なんかあるじゃん…)
それから1時間
彼女に従って車を進め続けた
辺りはすっかり暗くなって
車の白いヘッドライトが、心細くも
山道を少しずつ照らしてくれる
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
気持ちが悪いな…笑)
カスミ
カスミ
ハンドルを握る俺の左手を
彼女の指がそっと触れた
ユウヤ
まるで氷が浸かっていた冷水を
一点に当てられたような感覚
思わず手を除けてしまって
ハンドルのバランスが崩れると
車がゆさゆさと左右に揺れ動いた
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
この雰囲気…)
カスミ
ユウヤ
変と分かっていながら
彼女のルートに従ってしまう
無意識に
この道じゃないといけないような
そんな気がしてしまうからだろうか
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
彼女が右手で前を指さす
車の150メートル先くらいには
錆に錆びまくった古い看板が
ユウヤ
看板の小さい文字が見えるまで
速度を少し落として徐行する
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
この時の俺は
たぶんどうかしてたんだ
こんな状況で
好奇心に駆られてしまうなんて
〝いつも〟とは違う彼女を横に乗せて
先へ進もうと考えてしまうなんて
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
雲から漏れた月明かりが
広大な貯水池と コンクリートの大きな壁面を照らす
こんな大きなものがあるのに
この霧と暗さで
面前に来るまで 全く気が付かなかった
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
隣は空席
彼女がいない
ユウヤ
ユウヤ
車を飛び出し
スマホのライトを付けて
貯水池の畔に向かって走った
ユウヤ
今日のカスミを見ていると
ユウヤ
ないよな…?!
ユウヤ
そんなことまで思い浮かんでしまう
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
彼女がいたのは
2人掛けの 畔にあるベンチ
その正面には落下防止の 網掛けフェンスがあったけど
月明かりを綺麗に映す貯水池が 一望出来た
彼女は、 膝元に優しく手を添えるようにして
静かに湖を眺め、座っていた
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
早く行こう
ユウヤ
あまり長居も出来ないよ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
彼女は俺に視線も合わせず 水面を見ていた
ぬるい夜風がすぅ…っと通ると
彼女の長い黒髪が 左へ綺麗になびいていく
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
沈んじゃったんだけど
カスミ
カスミ
とても綺麗で
カスミ
よく似合うって言われたから
カスミ
カスミ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
知らなかった
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
どこで
出会ったんだっけ
ユウヤ
ユウヤ
いつから、どれくらい付き合って
何が好きで、何が嫌いで
どんな性格で…
そんなことすら
思い出せない
いや、そもそも
〝そんな記憶自体がないんだ〟
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
『そう思い込ませたんだから』
ユウヤ
ユウヤ
そうは言いつつも、俺は
気持ちが悪いほど この状況を飲み込んでいた
カスミとの、 空っぽの記憶が
実際に俺の頭にあったから
ユウヤ
カスミ
連れてくるため
カスミ
カスミ
一緒になるため
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
あの時の言葉
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
彼女の膝から下が
無かった
足という支えをなくした カスミの白いスカートが
虚しくパタパタとはためいている
カスミ
邪魔だったんじゃないかな
カスミ
カスミ
カスミ
カスミ
見殺しに出来るなんて
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
彼女のひんやりとした冷たい手が
首元にのびてくると
気管が潰れそうになるほどの 強い力で
じわじわと、ゆっくりと、
俺の喉を絞めた
ユウヤ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
ドライブ
そんなに悪くなかった
ユウヤ
彼も
いい人だった
カスミ
カスミ
彼の潰れた呻き声を聞く度に
ありもしないはずの心臓が
ズキズキと酷く痛んだ
カスミ
カスミ
カスミ
ユウヤ
カスミ
カスミ
カスミ
結局
成りきれない
ユウヤ
ユウヤ
中途半端に開いたカーテンから
刺すような朝日が入ってくる
飲み過ぎたのかは 知らないけど
部屋着でもない服で寝ていたし
身体もベタついて 気持ちが悪かった
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユカリ
請求書来たの?
ユウヤ
ユウヤ
ユカリ
ユウヤ
駐車場に車あったし
ユウヤ
名前書いてあったし
ユカリ
ユウヤ
手が込んでるよな?
ユカリ
ユカリ
じゃないの?笑
ユウヤ
ユウヤ
ユカリ
ケチってたっぽいじゃん
ユカリ
ユウヤ
ユウヤ
唯一の救いだわ
ユカリ
ユカリ
ユウヤが借りたのは確実だよね
ユウヤ
数日後
ユウヤ
ユウヤ
溜め息と共に 冷めたトーストを皿に置く
『ご飯ものにすれば良かった』
なんて
そんな小さな怒りをぶつけるように
あまり大差ない朝の情報番組が 自分の興味に引っ掛かるまで
テレビのチャンネルを ポチポチと雑に変え続けた
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
『えぇーそうですね。 関東地方ではまだまだ猛暑日が続くかと』
『そうなんです。 この時期には珍しく──』
ユウヤ
変えたはいいけれど
なんだか見てるだけで暑くなってきて
また情報番組に チャンネルを切り替える
と
底の見えた ダムの映像が映し出された
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
『ここ連日の季節外れの 猛暑と雨不足により』
『○✕ダムの貯水率が 過去最低を叩き出しました』
『さらに…』
『この影響で露出した湖底部からは』
『身元不明の女性と見られる遺体が 見つかっており』
『警察は調査を進めて───』
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
口から自然と
知らないはずの名前が出た
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
ユウヤ
〝良かったな〟
だなんて
顔すらも思い出せない彼女に対して そう思ってしまう
ユウヤ
でも
ただ一つ
水面を見つめて
月明かりに照らされる 彼女の後ろ姿が
とても綺麗だったことを
何故か
思い出したんだ
『沈んだ想いを』