暗闇。
私は暗闇に佇んでいた。
建物も街灯も人の気配も無い、異質な空間だけが永遠と広がっているこの場所で
私という存在がただ、立ち尽くしていた。
此処は、何処なのだろうか。
何故、此処に居るのだろうか。
私は…………誰だ。
分からない。思い出せない。
何か───大切な何かを忘れている。
けれど私自身が望んでいるかのように、記憶の蓋は固く閉ざされている。
少しの隙間から溢れる記憶も掴む前に靄となって消えてしまう。
あぁ、なんと歯痒いものだろう。
ふらつく足取りで私は捜し物をするように歩き出した。
どのくらい歩いただろうか。
いつのまにか暗闇は夜の静寂な森へと姿を変えていた。
木の根は触手のように歪な曲線を描き、他の根と絡み合っている。
淡い月光がそれを照らし、不気味さをさらに演出していた。
今にも脚に絡みついてきそうな気味の悪い根を跨ぎながら、ひたすらに足を動かした。
終わりのないその森を、ひたすらに歩いた。
開ける様子のない森の中。
私はふと誰かの気配を感じた。
後ろを振り返ると、純白のワンピースを身に纏った幼子がこちらを見つめていた。
その幼子は優しい笑みを浮かべて、森の奥にとけていった。
体が無意識に動いていた。
追いかけないといけない。直感的にそう感じたからだ。
幼子が消えた方へ私は足早に歩いていった。
こっちこっちと手招きしながら、目の前の幼子は軽やかに駆けて行く。
その姿を見失わないようにと森の中をかき分けると、幼子は少し開けた場所で立ち止まった。
私もつられて立ち止まると、幼子は嬉しそうに私の手をとった。
私が問いかけると、握った腕をゆらゆら振りながら答えた。
私と幼子はまた終わらない森を歩き始めた。
私がまた問いかけると、ニコリと笑いかけてから答えた
私と幼子は終わらない森を歩き続けた。
私がそう問いかけると、不思議そうな顔で答えた。
私の前を、幼子はゆっくり歩き始めた。
不信感を募らせながら再び問いかけると、幼子は答えた。
思わず立ち止まる。
そんな私に微笑みかけ、幼子は言った。
しばらくして、幼子は歩みを止めた。
そして遠くの地面を指差して言った。
私の言葉を否定した幼子は、指を差した方へ駆けて行き、その場にしゃがみこんだ。
そして先程まで私の手を掴んでいた小さな手で、土を掘り始めた。
幼子は私を指差した。
視線を落とすと、気づけば私の右手にスコップが握られていた。
穴を掘り進めていくと、何か硬いものに当たる感触が伝わってきた。
スコップを放り投げ、恐る恐る両手で残りの土を掘っていく。
土の下から現れたものを見て、私は息を呑んだ。
死体だ。
赤黒く汚れたワンピースを身に纏った、幼子の死体。
死体は瞼をゆっくり開き、口を開いた。
死体がまた私の方を指差す。
視線を落とすと、右手には先程と同じように包丁が握られていた。
血で濡れた刃はぬらぬらと月明かりに照らされている。
私は無意識に掴んでいた兇器を投げ捨て、急いで穴から出た。
だが穴の中にいたはずの幼子は私の目の前に現れた。
固く閉ざされた記憶の蓋を強引にこじ開けられるような感覚。
耐え難い頭痛に襲われ、その場に崩れ落ちた。
幼子は小さな力で私を突き飛ばした。
すぐによろけた私は、自身が掘り起こした穴に呆気なく落ちてしまった。
だがその穴に終わりはなく、私は暗闇に呑まれていった。
暗闇。
落ちている感覚さえわからないほど濃密な闇。
出会った幼子の手を引いて
楽しい場所だと嘘を吐き
夜の森へ連れて行った
嫌だ。思い出したくない。
握りしめた包丁を
怯えきった幼子に突き刺して
小さな命を奪った
そんな意識に逆らうように、記憶の蓋から望まぬ真実が溢れていく。
森の奥で穴を掘り
幼子の骸を抱えて
そのまま穴に埋めた
嗚呼、そうか。
私がすべてやったのだ。
目が覚めると、私は穴の前で倒れ込んでいた。
重い身体を起こして穴を覗き込むと、やはりそこには死体があった。
血で汚れたワンピースを着た幼子が、眠るように横たわっている。
すべてを思い出した私は、無意識に笑っていた。
そして落ちていた包丁を握りしめ、自らの喉を
掻き切った。
コメント
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凄い…凄すぎます…! 「わたしが いるばしょ」という言葉に、思わず鳥肌が立ちました…。そういう事だったんですね…∑(゚Д゚) ナナシさんの世界観…凄く好きです!ブクマ失礼しますね(*´꒳`*)