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桜
甘くてほろ苦いティラミスの香りが 家中に広がる。
桜
桜
桜
味見のために 指先に付けたクリームを ぺろりと舌で舐めながら その甘さに頬を緩めた。
桜
桜
桜
桜
桜
今日は大好きなママの誕生日。
桜
私が産まれて直ぐに パパは交通事故で亡くなり、 ママは女手ひとつで 私を育ててくれてる。
ママは毎週違う男の人を 連れて帰ってくるけれど、 私の元には必ず帰ってきてくれる。
私のことを一番に愛してくれてる。
だからママを喜ばせたくて ケーキを作った。
桜
窓の外の明るさを確認して、 くんくんと服の匂いを嗅いだ。
桜
私は“ケーキ”。 だから外出時は細心の注意をはらう。
甘い香りを抑える薬を飲んだり 香水をつけたりしてみたけれど、 一番は甘いお菓子の匂いで 自らの“ケーキ”の匂いを隠すことが 最善だと気が付いてから 私の趣味はお菓子作りになった。
桜
桜
ココアを買いに行って、 ケーキが完成した時刻は19時。
桜
桜
時計の秒針がカチカチと音を立てて 時を刻んでいく。
私の寂しさなど知らず 規則的な秒針の音が繰り返される。
気が付けば日付が変わる頃だった。
桜
桜
桜
脱衣所で左右に結った三つ編みを ほどいていると、 玄関のドアが開く音がした。
桜
母
男
男
母
母
玄関からママと知らない男の声が 聞こえる。
砂糖のように甘いママの声。
それは長い長い夜が始まる合図。
男
心臓がどきりと跳ねる。
もしもこの男の人が “フォーク”だったら――
リビングで話すママと男の人の声を 聞きながら 足音を殺して自分の部屋に入った。
微かに聞こえるママの甘い声に 混じり合って男の声がする。
聞きたくなくて布団に潜り込む。
桜
桜
ママは一番に私を愛してくれてる、 はずなのに。
溢れそうな涙を堪えて耳を塞いだ。
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桜
気が付けば瞼が落ちて眠っていて、 何かが太腿を這う違和感で目が覚めた。
男
男
桜
桜
違和感の正体は男の舌だった。
状況を理解した脳は 一斉に収縮して身を縮める。
男
男
男
男
妙な胸騒ぎは杞憂なんかではなくて こちらに向ける鋭利な視線が 気持ち悪くて怖くて苦しい。
桜
男
男
男
男
冷たい指が下着の中に 入り込んでくる。
怖い
こわい
コワイ
桜
桜
ドンッ―
男
勢い任せに男を蹴って 隙が出来た瞬間にベッドを摺り抜ける。
男
男
桜
パシンッ―
無理矢理 腕を掴まれて 簡単に引き寄せられてしまえば 思いきり頬を平手で叩かれた。
桜
男
ひりつく頬に次は拳を当てられ 口内に血の味が広がる。
私の口端から伝った血液を 男が指で掬って舐めた。
男
瞬間男は口元をだらしなく緩ませて 涎をだらだらと溢れ零した。
気持ち悪い、怖い。
桜
男
捕まった腕を振りほどいて 靴も履かないまま玄関を飛び出した。
母
遠くからママの声が聞こえて 涙が溢れた。
視界が霞んで足元が見えない。
桜
足がもつれて転んでも ここから逃げなければという 強迫観念で逃げ続けた。
逃げなければ食べられてしまうから。
どのくらい走っただろう
無我夢中で走り続けたせいで ここが何処なのか 今が何時なのかも分からない。
誰一人としていない静寂の夜が ひとりぼっちの私を支配する。
桜
少し休もうと公園のベンチに座ると 身体中が痛んだ。
殴られた頬はきっと青くなっていて 口元には血痕が染みてるだろうし、 転んだときに膝や腕を擦りむいて 血だらけだ。
桜
桜
ひとりには慣れてるはずなのに。
桜
桜
感情が高ぶり汗や涙が出ると “ケーキ”の匂いが強くなると 聞いてからずっと我慢してたのに
鼻の奥がつんとして苦しくなって 涙がとめどなく溢れる。
桜
カチャ――
止まらない涙を腕で拭っていると 鋭い金属音が聞こえた。
ゆっくりと顔を上げる。
春
春
桃色の髪と綺麗な瞳、 口端には特徴的な傷跡。
これが私と彼の出会いだった。