テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その日から、緑は少しだけ変わった。
朝の挨拶の後、携帯をちらちら確認するようになった。
休み時間も、前よりそわそわしている。
話す相手が私じゃない時間が、少しずつ増えていく。
でもそれは、自然なことなんだと思う。
好きな人が出来たら、気になるのは当然。
私はただの幼なじみ。
家が近くて、ずっと一緒にいただけ。
それでも、置いてかれる気がして、胸がざわつく。
緑 。
桃 。
ほんの少し前までは、当たり前のように並んで帰っていたのに。
そんな些細な変化が、胸を締めつける。
私は教室を出て、一人で下駄箱に向かった。
靴をはきかえる手が、少し震えていた。
桃 。
誰にも聞こえないように、そっとつぶやいた。
正解なんてわからない。
伝えたら壊れるし、伝えなきゃ何も変わらない。
こんなに苦しいのに、どうしてずっと黙っていたんだろう。
いや、わかってた。
緑は、私の気持ちに気づいてないんじゃない。
気付かないふりをしてるだけ。ずっと前から
だって、あんなに近くて、わからないはずがない。
桃 。
靴を履いたまま、ぽつりとつぶやいた。
誰もいない夕暮れの昇降口に、その声だけが残った。
誰にも言えない、秘密の名前。
それは「片想い」じゃなくて、「好きな人の幸せを祈る恋」。
報われなくても、そばにいられたらいい。
笑ってくれるなら、それでいい_
そう言い聞かせることでしか、今の私は立っていられなかった。